〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 30



「一輝・・・瞬は双子だったのか?」
 唐突なカノンの問い掛けに、一輝は「何を言っているんだこの馬鹿は」と年齢にそぐわない表情をしていた。
 事の起こりはカノンがシードラゴンの件をどうするかと、サガと共に悩んでいる時だった。
 サンクチュアリの関係者に相談すれば、断固として反対される事は目に見えている。
 元より、サンクチュアリ内でサガはまだしもカノンが相談できる相手は限られていた。
 かといえ、その相談できる相手であるオレは好きにしろと伝えており、シオンはあの話をしたからなのか「海将軍になるのも良いかも知れぬな」と反対する素振りを全く見せなかったという。
 他に相談と言う名の愚痴を聞いてくれる相手は居ないかと考え、サンクチュアリの暗部を身を持って理解している先代の双子座   イノセントとギルティーの元へと向かった。
 イノセントとギルティーは兄弟間の軋轢も徐々に和らぎ・・・と言うよりは、余りにもしつこいイノセントの謝罪にギルティーが面倒になり、最近は不機嫌ながらも来訪を許す様になったらしい。
 そして2人がカノン島を訪ねた日は丁度ギルティーの住まいにイノセントも居たそうだ・・・2人揃って難しい顔をして。
 カノンから話を聞いた時は、その時の2人の表情はあの時のドウコと同じ様な表情だったのだろうな、と容易に想像出来てしまった。
 売り言葉に買い言葉。
 まさにそんな状態で、奴隷として島へと連れてこられた少女を引き取ってしまったらしい。
 奴隷売買に関しては驚くほどの事でもないが、ギルティーがその少女を引き取った事に驚かされた。
 イノセント曰く、その少女に対する扱いにサンクチュアリでの自身の扱いが被ったのだろう、との事だったが、オレが会ったばかりの   只々サンクチュアリを、そしてこの世を憎んでいただけのギルティーだったならば、そんな事はしなかっただろう。
 ただ、その少女の姿を見た瞬間にサガは思考を止め、カノンは慌てて此処に戻りオレに相談してきたんだが、一輝と瞬を引き取る手続きの際の書類にはその様な記述は無かったと伝えると、少し悩んだ末に念の為一輝に確認しようと言いだした訳だ。
 結果として前置きも何もせずに訪ねたが為に一輝に冷めた目で見られる事になったんだが、それだけカノンも混乱していると言う事だろう。
「一輝。カノンとサガが瞬に瓜二つな少女と会ったそうだ。それで瞬が双子だったのではと考えたらしい」
「瞬は双子じゃない」
 だろうな。
 一輝の性格からすれば、もし瞬が双子だった場合、此処に来る事になった時にもう1人を置いてくるような事はせず、何とかしてその子も一緒に来れる様にするだろう。
「・・・そうか。変な事を聞いて悪かった」
 一輝へと謝るカノンだったが自身が双子であり、ギルティーとイノセントというもう1組の双子の居る場所での出来事だったが為に、他人の空似という考え以前に双子だろうという考えが浮かんでしまったんだろう。
「しっかし、瞬にそっくりな女の子かよ。それって」
 デスマスクが何を言いたいのかは、その場の誰もが解っていた。
 それはそのまま瞬だろう、と。
 瞬を村に連れて行くとどうしても少女と間違われる。
 サンクチュアリ内でも瞬がハーデスの憑代だと知らない下のモノ達からは、未だに間違われる事がある上に、先日此処に来た子供達や春麗も初めて会った時は少女だと勘違いしていた。
 兄である一輝はどうやっても間違えようのない容姿なんだが・・・同じ遺伝子であるのは間違いないと言うのに、どうして此処まで違ってしまったんだか。
 まぁ、間違えられる本人は幼い為かまだそれほど気にしている様子はないが。
「それで、ギルティーはどうするつもりだ」
「どうするも何も、引き取ったからには面倒を見る、なんて言ってたけどよ。あの爺さんに出来る訳ねぇってのは・・・解るだろ?」
 いや、案外何とかなるんじゃないか、と思っているんだが。
 何せセイントの候補生として連れてこられるのは年齢が一桁の子供ばかりだ。
 その面倒を見るのは元セイントだったモノや現役のセイント達。
 ゴールドセイントであったイノセントも弟子の面倒を見ていたのだから・・・
「あ、ちなみに兄弟揃って自分が食えれば良いってタイプ」
「・・・双児宮から女官でも派遣させるか」
「あの爺さんがそんなの受け入れる訳ねぇって」
 だろうな。
 派遣される側の女官に否を唱えるモノは居ないだろうが、受け入れる側が拒否するか。
「兎に角、様子を見に行くか」
 いざとなったら此処で面倒を見るしかないだろう。
 シオンの了承なんざ、後から何とでもなる。
「オレも・・・」
 カノンを連れてデスクィーン島へ向かおうとすると、背後から躊躇いがちな声が聞こえてきた。
「気になるなら、行ってみるか?」
 実の弟にカノンが間違えるほどに似た子供の存在が気になっているのだろう。
 一輝の隣にいた瞬も一緒に出掛けられるのではないかと目を輝かしており、更にその隣のサーシャも同じ目をしていた。
「カノンは一輝を連れていけ。オレは瞬とサーシャを連れていく」
「了解。良いか、一瞬でしかねぇが手は離すなよ。向こうに着く前に異次元に落ちるからな」
 一言に瞬間移動と言ってもセイントによってその手法は様々だ。
 デスマスクの様に冥界を経由して行くモノもいれば、サガやカノンの様に此処とは少しだけ軸のずれた次元   異次元を通じて自分のいる場所と向かう先とを繋げて移動するモノもいる。
 常人からすれば一瞬にしか過ぎないが、その一瞬の間に手を離されたりすれば冥界に置き去りになったり、異次元に放り出されたりすることになってしまう。
「怖いの?」
「落ちるの?」
 カノンの言葉を聞いたサーシャと瞬が問いかけてくるが、オレが抱き上げているのだから問題ない。
 だがまぁ・・・オレ以外と移動することもあるだろうからな。
「しっかりと捕まっていれば問題ない」
 2人のしがみ付く力が強くなった瞬間には、既に移動は完了。
 目の前からオレと子供達の住処は消え、代わりにギルティーの住処がある。
「ほら、2人とも。もう移動は終わった」
 恐る恐る目を開けているが、見知らぬ風景に唖然としている様だった。
 サーシャも瞬も、サンクチュアリ内かロドリオ村しかまだ目にした事はないのだから、仕方ないだろう。
 カノンと一輝が移動していることも確認し、扉を開け放つ。
「ギルティー。子供を育てる事になったそうだな。それも女児   
 オレの声に振り返り、勢いよく詰め寄ってくる。
 おい、あまり瞬とサーシャを怯えさせるな。
「ど」
「ど?」
「どうすれば良いんだ」
 鬼気迫る様な行動とは釣り合わない情けない声に、怯えていた2人も「お爺ちゃん、どうしたの?」と声をかけていた。
「サガ、イノセント」
 この状態のギルティーから話を聞き出すのが面倒そうなので促せば、何のことはない。
 言葉が通じなかったそうだ。
 ギルティーやイノセント、それにサガもゴールドセイントやその候補として複数の言語を学んでいるが、どれで話しかけても答えを返してくれないらしい。
「名前は?」
 が、オレが問いかけても首を傾げるだけで答えは返ってこなかった。
「あのね、ボクは瞬だよ。しゅん!」
「サーシャはサーシャなの!」
 さて、なんと聞けば答えてくれるかと考えていれば、小さな2人が自分たちを指差しながら自分の名前を連呼し、続けて困惑気味の子供へとその指先を向けた。
 その行動に不安そうに2人の間で視線を彷徨わせていた子供だが、一輝が近づいて頭を撫でてやりながら自分の名を告げ、オレやカノン達を指差しながら名を教えてゆくと少し落ち着いてきた様だった。
「え・・・エスメ・・・ラルダ・・・」
 エスメラルダ、か。
 名前からすると言葉が通じない訳がないんだがな。
 サガもスペイン語はシュラと、ポルトガル語はアルデバランと共に学んでいた筈だ。
「ギルティー。覚悟を決めろ」
 なにより、オレが話している言葉は相手にとって最も馴染みのある言語として聞こえている筈だ。
 それでも子供の反応がなかった事を考えれば、【名前】という単語を知らなかったとしか考えられない。
「エスメラルダ、というのが自分を呼ぶ言葉だとは理解しているのだろう。だが、それが名前だとは理解していない」
 それが名前だ、と知らなければ名前を問われても答えることが出来ない。
 今、一輝たちの行動によって名乗ったのも、名前というよりはそのモノを呼ぶときの言葉として認識したからだろうしな。
「この子供は・・・必要最低限の言語しか知らない可能性が高い。アンタにこの子を育てる覚悟はあるか?」
 2組の双子はそろって目を見開いていた。
 サンクチュアリでは言語に関しては最低でも母国語とギリシャ語は候補生として連れてこられた時から教えられている。
 それ以外の言語に関しても、本人が学びたいと言えば、学ぶ機会を与えられていた。
 どれだけ過酷な環境であろうとも。
 どれだけ扱いが酷かろうとも。
 セイントとして必要な最低限の能力として。
 そしてサンクチュアリに連れてこられる子供達もまた、此処まで意思の疎通が図れないモノは居なかった。
 口数の少ない両親の元に生まれ育ったのか。
 それとも、他に何らかの要因があるのか。
 どちらにせよ、このくらいの子供ならばまだ間に合う。
「自分の環境を呪い、サンクチュアリを恨みもしたが・・・」
 年が近いだろう子供がいるのも環境としては望ましいだろうが・・・オレは言葉を教える事に関して言えば、適していない。
「この子供   エスメラルダと比べれば、幸せだったのかも知れんな。不幸を不幸と気づけぬよりは」
 ギルティーが向き直ると、子供は目に見えて怯えた。
 ・・・あの仮面を怖がらない子供は滅多にいないだろうな。

 だが、ギルティーの手が仮面にかけられ、それが外されると怯えた表情は消えていた。
 まだ半人前でしかないサガ達にも任せることは出来ない以上、シオンか、ロドリオ村に下がった元女官あたりに頼むかしかないかと考えたんだが、この調子ならばギルティーとイノセントに任せても大丈夫だろう。
 食事だけは・・・まぁ、暫くは誰かに運ばせれば何とかなるか。




← 29 Back 星座の部屋へ戻る Next 31 →