〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 25



 五老峰に逃げ帰ったドウコを追ってきてみれば、案の定。
 以前の定位置でもある大滝の前にその姿を見つける事が出来た。
 だが、何故か先にドウコを追ってきている筈のアイオロス達の姿が見当たらない。
 ドウコのコスモをアイツ等が追えない筈が無いんだが・・・
「ドウコ」
 背後から呼びかければドウコにしては珍しく、同様したかのようにビクリと肩を震わせ、顔だけで此方を振り返る。
 まぁ・・・理由は大体想像がつくが。
「・・・まさか、アンタに子供が居たとはな・・・」
「違うわ!」
 大声を出してから、慌ててその腕の中にいる存在の状態を確認し、ドウコは安堵の息を吐いた。
 そう、この場に居るのはオレとドウコだけではない。
 小さな気配があると思えば、ドウコの腕の中には幼い少女が眠っていた。
 年齢的にはサーシャと同じくらいか?
「隠す必要は無いだろう。子を残して来ているなら残して来ていると」
「違うと言っておろうが!」
 再びドウコが大声を出せば、腕の中の子供が身じろぐ。
 慌てて子供をあやすと、ドウコは如何したものかという視線をオレへと向けて来ていた。
 からかうのはこの辺で止めて置く事にするか。
「迷子か?」
「それがのぉ・・・ワシにも解らんのじゃよ」
 どうやら拗ねたドウコがこの地に戻って来た所、この大滝に連なる川の畔で眠っている少女を見つけたのだと言う。
 この場に居ないアイオロス達には付近の村で迷子が出ていないかの確認をさせに行っていると言う事だが・・・
「・・・捨て子だろうな」
「やはり・・・その可能性が高いかのぉ・・・」
 この子供が迷子ならば、探しに来る人間が居てもおかしくは無い。
 子供の足で来る事が出来た場ならば、大人の足ならば更に容易に来れる筈。
 だと言うのに、この近辺でこの子供を探していると思われる気配は無く、ドウコもそれが解っている。
「名前は・・・はるうらら?」
「いや、春麗じゃろ」
 眠っている少女の服には親が縫ったのであろう名前と思われる縫い取りがあった。
 漢字で縫われていたので思わずこの器が産まれた地での読み方をしてしまったが・・・ドウコの言う【シュンレイ】で良いのか?
 此処が中国である事を考えれば【チュンリー】だと思うのだが・・・これは子供が起きた時に確認する事にしよう。
「・・・何をするのか聞いても良いかの?」
 子供の額へと手を宛がうと、ドウコが問いかけてくる。
「この子供の記憶を探るだけだ」
 何もせずにアイオロス達が戻ってくるのを待つのは時間の無駄だろう。
 この位の歳の子供ならば記憶を覗いた所でプライバシーがなんだと騒ぐ事も無いだろうしな。
 力の封印の1つを緩め、子供の脳からその記憶を読みだす。
 幸せな家庭。
 優しい母と厳しくも子供想いの父。
 末の子供に甘い兄姉達。
「・・・これが原因か・・・」
 その親兄弟の表情が一変する。
 この子供はただ願った。
 村に迷い込み、人を襲おうとしていた獣に対して。
 誰も傷付けずに出て行って欲しいと。
 その獣の前に立ち。
 親兄弟を、村のモノ達を傷付けないで欲しいと。
 その願いに、内に秘められたコスモが反応した。
 セイントと比べれば遥かに弱く。
 だが只人と比べれば遥かに強い。
 村の大人が敵わなかった獣を追い払った子供は、村での居場所を失った。
 優しかった親兄弟にも恐れられ、家族の中での居場所すらも。
 今まで優しかったモノ達から畏怖の念を向けられた。
 実際に肉親がこの地に捨てて行った訳では無い。
 が、居場所を失った子供は自らの足でこの地まで赴き、ドウコに拾われるまでに既に3日が経過していた。
 その間、獣に襲われる事が無かったのもこの子供が無意識に発したコスモが原因だろうな。
「・・・ドウコ。ロス達は引き揚げさせろ。この子供は連れて帰って構わない」
「候補生にするつもりは無いんじゃが」
「サーシャの友達として置いておけばいいさ。育った時にどの道を選ぶかはこの子供次第だ」
 今のサーシャの周りには同年代は異性しかおらず、数少ない同性は皆年上のモノばかり。
 それにこの子供もコスモの正しい扱い方を知った方が良いだろうな。
 今回は獣も人も傷付く事が無かったが、発し方を間違えれば誰かが傷付いていた可能性もある。
「ただし、アンタが見つけたんだ。この子の親代わりはオレでは無くアンタがなれ。とは言え、住処は同じ上にアンタに子供の面倒がちゃんと見られるか疑問だがな」
「ワシとて子供の1人や2人は面倒見れる。これでも」
「昔は弟子が居た様だが、今のアンタを見ている限りでは不安の方が勝る」
「む・・・」
 尤も、今のドウコを見る限りではセイントに対する手加減が上手く出来ないだけで、非力なモノに対する力の加減は出来ているようだが。
「アンタが何処までシオンから聞かされているか解らないが・・・オレはいずれサンクチュアリを離れる身だ。だからこそ、シオンはアンタを教皇に据えようとしている。聖戦の悲劇と、停戦がなった今がどれだけ恵まれているのかを知る存在として、な」
 ポセイドンの誓いも、ハーデスの誓いも、どちらも要はオレだ。
 オレが居なくなった後のサンクチュアリがどうなってしまうのか。
 全ては住処に暮らす三界に所属する子供達に賭けるしかない。
 万が一にも三界が決別し、聖戦が勃発したならば。
 戦いを知る教皇でなければ下せない判断も出て来るだろう。
 数年前はサガかアイオロスを次期教皇に据えようとしていたシオンも、住処で暮す子供達を見てその役目を負わせる事に迷いを覚えた。
 誰を次期教皇に据えるか。
 悩みに悩んでいた所に帰来したのが若返ったドウコ。
 老齢な思考と全盛期の肉体をもつドウコを教皇に、そして老いた自身は若いセイント達の精神的なサポートに回る。
 オレが居なくなった後の事を考えたシオンの最善はそれだった。
 この考えにオレは一切口を挟んではいない。
 居なくなった後の最悪の事態を乗り越える最善の方法を考えるのは、残ったモノ達の役目であり、オレに出来る事など何もないのだから。
「お主もシオンも心配性過ぎやせんか?それにワシにはお主があの子らを置いていなくなるとは到底思えんのじゃが」
「・・・10年」
「何?」
「あと10年も経たない内にオレは居なくなるだろうさ」
 来年にはサガが、翌年にはアイオロスが。
 そしてデスマスク、シュラ、アフロディーテと続き・・・あと10年以内に全てのゴールドセイントが子供の時代を終える。
 そこを区切りにしなければ、きっとシオンは終わりが来ない様にしてしまう。
 だからこそ、シオンにだけは既に話してある。
 オレが何時までサンクチュアリに居るつもりなのかを。
「それまでの間に、アンタには安心してサンクチュアリを、そして三界の平和を任せられる教皇になって欲しいんだよ。オレはな」
「お主・・・」
「心配するな。煩わしい奴らは全てオレが排除しておいてやる。アンタが継ぐ頃には誤った、古い仕来りだけに縛られた存在は居ない筈だ」


 ソロ家の憑代の中にいるポセイドンは、憑代の両親を文句を言いつつも気に入っている。
 瞬の中にいるハーデスもまた、幼いながらも周囲を気遣う瞬を、そして瞬の中にハーデスがいると解っていながらも嫌悪する事なく接する子供達へ興味を懐いている。

 このまま進めば、シオンの懸念する最悪の未来は来ないだろう。
 そう   あの馬鹿共さえ、己の行動が最悪を招くのだと解っていない馬鹿な連中さえ始末すれば。

 サンクチュアリの   シオンが大切にする地の、そして子供達の住む地の平和を脅かすモノは全てオレが引き受けよう。
 禍根の残さずに全ての処理が出来るのはあの地にオレ以外に存在しないのだから。




← 24 Back 星座の部屋へ戻る Next 26 →