〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 17



 ついにこの日が来てしまった。
 アテナの降臨。
 以前、シオンはアテナの降臨こそが聖戦と呼ばれる戦いが始まる合図だと言っていた。
 その言葉を聞いた時のオレに言ってやりたい。
 アテナの降臨 = 即開戦では無いのだと。
 今、オレの目の前に居るのは女神と言うより・・・ただの赤ん坊だった。
「それで、この育児セットはなんだ?」
 目の前にいるヤツが次に何を言うのかは大方予想がついている。
 が、0.00000001%にも満たない期待を込めて確認してみる事にした。
「お前も知っていると思うが、女神殿仕えの女官や巫女には子育ての経験が無い」
「それはそうだろうな。処女神に仕える者が子育ての経験があったら大変だ」
「なので」
「オレにやれ、と言う事だな・・・」
 オレは赤ん坊を目の前にして溜め息を吐くしかなかった。
 セイントに続きアテナの養育、か。
「今までの教皇は如何していたんだ?」
「私が知る訳が無いだろう。聖戦に関する文献は残っていても、幼少時のアテナ様に関する記述は全く残っていないからな・・・それに私はアテナ様には先のサーシャ様のような方になって欲しいと願っている」
「サーシャ?」
 聞けばシオンがゴールドセイントだった時に現れたアテナであり、神としてではなく人の子として、人の腹から産まれ出て育てられたのだという。
 神としての考えだけではなく、人としての面も持った彼女は多くのセイントに心から支持されたのだと、シオンは昔を懐かしみながらオレに語って聞かせた。
 なるほど・・・人の腹から産まれ、産みの母親に育てられたのならば、シオンが赤ん坊のアテナの育て方を知らなくても仕方の無い事だな。
「俗世にまみれた女神、などと言う者もいはしたが私は人を知ってこその守護者であるべきだと思っている。それにお前ならばアテナ様を育てるにしても壊れ物を扱うような育て方はしないだろう?」
「するつもりも無い。オレが育てるからには、普通に生活させる」
 特別扱いをするつもりは無いと伝えれば、シオンは頷いた。
「馬鹿共の対応は?」
「すべて無視して構わん」
「解った。後の問題は・・・オレの所は男所帯なんだがな」
 苦笑いをしながらシオンに伝える。
 一緒に暮らしているのはゴールドセイントが11人、ゴールドセイントの資格を持つ者が1人に元セイント候補生だったジェネラルが2人。
 元々、サンクチュアリは女性の割合が低いがオレの住処に関して言えば100%男だ。
 そんな環境でアテナを育てていいものかと暗に問えば、シオンは笑みを返してきた。
「お前の所ならば問題無かろう」
 簡単に言ってくれるが、オレはまぁ今の器は男だが女だった事もあるからまだ良いとして、アイツ等は殆ど異性との接触が無いんだがな。
 時折行くロドリオ村で買い物ついでに店の女店主と話をするか、仮面付きの候補生と訓練や世話の一環で話をする程度。
「・・・アイツ等がどんな反応をするか見ものだな。アンタも来るか?」
「そうだな。久々に行くとするか」
 きっとこの場にサガやアイオロスが居たならば大の大人が何を企んでいるのかと咎めたに違いないだろう表情を浮かべながら、オレとシオンは教皇の間を後にした。


「随分と賑やかだな」
 家の前まで来ると、探らなくても中の様子が漏れ伝わってくる。
「あれから張り切っていてな」
 オレが自分のコスモで自損し、さらに海皇から面倒事まで押しつけられてからというもの、子供達の態度が一変していた。
 サガとアイオロスは教皇の補佐に必要な知識を学びながら、カノンやデスマスク、シュラ、アフロディーテ、カーサと共に下の7人の世話や候補生の管理をしてくれている。
 下の7人もそれぞれが今までにオレがこなしていた家事や畑仕事を訓練の合間に分担して行ってくれるようになった。
 多少とは言え負担が減ったのはありがたいが、まだまだ子供として過ごして欲しいとも思っているオレにとっては少々寂しかったりもする。
「お帰りなさい!」
 オレの気配を感じ取ったのだろうアイオリアが元気に扉を開け放った。
「ただいま」
 そして、子供達はオレの気配に敏感に反応するようになっていた。
 無意識の行動なのだろうが、常にオレが何処にいるのかを探っている様子が窺える。
 全身血塗れの姿を見せた上にコスモを封じる時にも無理をした身としては心配させてしまい申し訳ないとは思っているが、オレはこの子供達の行動を訓練の一環としても使わせて貰っていた。
 子供達はゴールドセイントやジェネラルに選ばれるだけの事もありコスモの感知能力はどいつも高い。
 だが、オレの様にコスモを発していないモノに対しては近付かれるまでその気配に気づきにくいと言う問題点があった。
 その問題点を克服するのに子供達の自主的な行動は打って付けなので子供達の感知レベルを確認しながらオレは自分の気配を意識して発する様にしていたんだが、元々能力の高い子供達はコツも簡単に掴んでしまい今では小動物程度の気配でも感知出来ていた。
 無意識と言う事もあり今はオレの気配限定なので今後は他の気配も意識せずに感知出来るようにしてやらなければならないんだが。
「教皇様、こんばんは。えっと・・・その子は?」
 オレの後ろにいたシオンに挨拶をしたアイオリアは、オレの腕の中にいる赤ん坊に視線を移した。
「全員に説明をしなければならない事なんでな。中に入ってからで良いか?」
 アイオリアを室内へと促すが、赤ん坊が気になって仕方が無いようでチラチラと何度も視線を寄越している。
 シオンをリビングへと案内すると、アイオリアは赤ん坊を気にしたまま他の子供達を呼びに行った。
 暫くすると裏口からは畑に居たのだろうシュラが、シャカとアルデバラン、クリシュナを連れて戻ってくる。
 この4人は結構畑仕事が気に入った様で中でもシャカは土壌の改良にまで手を出し、生真面目な4人が面倒を見ている為か、畑の収穫量はオレが適当に育てていた時よりも遥かに良くなっていた。
 キッチンからはアフロディーテとそれを手伝っていたムウとカミュが姿を現した。
 今はこの3人が主に此処での食事の管理をしてくれている。
 最初は料理なんてと言っていたアフロディーテだったが、各国の料理を教えてやるとその多彩な造形美に惹かれたとかでのめり込んでしまい、余りにも細部に拘るのでムウとカミュを歯止めとして付けたんだが・・・逆効果でキッチンは今や彼らの城と化し、オレすら中々近付けない。
 奥のクロスの間からは呼びに行ったアイオリアと共にデスマスクとミロ、カーサが掃除用具を片手に出てきた。
 自分達が一番、家の中を散らかすと解っている4人は自然と掃除を担当するようになったんだが、どうにも子供達は凝り性らしく日に3度の掃除をしないと落ち着かないのだと言い、最近では洗濯もコイツ等がやってくれている。
 ・・・4人の判断でゴミとされたオレの服は1枚や2枚ではない上に、まだ着れると反論すればセイントが貧乏臭い事をいうなと怒られる始末だ。
 上の階からは年長の3人が下りてくる。
 最初は下の連中のやる事に口を出していたが、家の中の事に関しては今では全く口を挟まなくなった。
 セイント候補生達の面倒もしっかりと見ている様で、候補生達もまたゴールドセイントが直々に訓練を見てくれるからと今まで以上に張り切っている。
 全員が席に着いたのを確認し、オレはさっさと本題を伝える事にした。
「単刀直入に言う。コレがアテナだ」
 赤ん坊を見せるとその顔は予想以上で、その様子を写真に撮ろうと懐に手を入れるシオンを止めたのは、その後の乱闘を防ぐ為だけに過ぎない。
 オレとてコイツ等に気付かれないなら、記念に撮っておきたいと思える表情だった。
「で、オレが面倒を見る事になった」
「なん・・・だと・・・?」
 声を出したサガだけでなく、オレと教皇と赤ん坊以外の全員が馬鹿な事を言うなという顔をしている。
「こやつにも言った事だが、聖域には育児経験のある者が少ない。その上、相手がアテナ様となっては恐れ多いと中々引き受け手がいなくてな。赤ん坊ではないが、お前達を幼い頃から面倒を見ているこやつに頼むことにした」
 オレも赤ん坊の育児経験は無いんだが、まぁ何とかなるだろう。
「カノン、サガ、アイオロス。すまないがオレが任務で不在の時はお前達に頼みたい。アテナだ何だと難しく考えず、末の妹が出来たとでも思って相手をしてやってくれ」
 セイントであるコイツ等にアテナと意識するなというのは無理があるかも知れないが。
「シン・・・しかし・・・」
「何もお前達に面倒を見ろと言っている訳じゃない。世話の大半はオレがやる。オレが出ている時に愚図ったりしたら、あやすかシオンを呼び出せばいい」
 コイツ等に風呂やらおしめの面倒やらを見させようなどとは思ってない。
 遣らせるとしてもミルク程度だろう。
「私を呼ばれても困るんだが」
「何か言ったか?シオン」
 子育てならばムウという弟子の面倒を見ていたアンタも経験しているだろう。
 それも態々サンクチュアリとジャミールを空間移動で往復してまで面倒を見ていたんだ。
 出来ないとは言わせないからな。
「うむ・・・仕方あるまい」
 極力そう言った状況にならない様に注意はするが、時折わざと任せるのもコイツ等にとってもシオンにとっても良い経験にはなるだろう。
 尤も、任せるのはアテナがある程度育ったら、の話だがな。




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