〜言の葉の部屋〜

Sideカノン 〜岐路〜



「このまま此処に縛られるか、オレと出るか。後はお前が決めろ」
 そう言われるまで、オレに決められることなんて何も無いと思っていた。
「父親の頭から生まれた女神なぞ知ったものか」
 こんな事を言う奴が聖域に居るなんて思ってもいなかった。
 また笑える日が来るなんて、あの部屋にいた頃のオレは考えた事も無かった。




「待ってろって・・・こんなトコに置いてく奴が何処にいるんだよ!」
 叫んだところであいつが帰ってくる訳じゃない、って分かってても叫びたいんだからしょうがない。
 身動き出来ない状態じゃ待つしかないだろ・・・
 普通、火時計の上に子供1人置いてくかよ!?
 うっかり落ちたら訓練生レベルなら確実に死ねるよな・・・コレ。
 オレも生身で無事に下りられる自信は無い。
 双児宮じゃサガが面白いくらい慌ててるし。
 人が慌ててる姿見ると落ち着くもんなんだなぁ・・・
 あ、なんかこっち指差して馬鹿面してる奴がいる・・・って、1・2・3・・・人馬宮って事はあいつがサガの言ってた1つ下のアイオロスって奴かな?
 サガから聞いて名前と歳は知ってたけど、顔見るの初めてなんだよな・・・っていつまで指差してんだ、あいつ。
 なんか他の宮からも人が出てきてるし・・・オレもう隠れてなくて良いんだよな?
「いい具合にお披露目になったな」
 あんたさ・・・今、教皇宮から跳んできたんだよな?
 なんで着地した足音もしないんだよ。
 ってか、さっきも思ったけどさ、双児宮から火時計とか、火時計から教皇宮とかって幾ら聖闘士でも無理だろ?
 こいつみたいなのが攻めてきたら簡単に落ちるだろうな・・・此処。
「お披露目って・・・じゃあ、オレを此処に置いてったのってわざと?」
「当たり前だ。黙って連れ出したんじゃ今までと変わりないだろう。お前と言う存在が此処に居るとあそこに集まってる様な連中に教えてやらないと意味が無い」
 オレはあそこから出れたからどっちでも良いんだけどさ。
 まぁ・・・あいつらが慌ててるの見るのは楽しいし。
 上の宮や下の宮にも結構人って居たんだ。
 何人か双児宮に向かってるのはオレの事をサガだと思ってんだろうな。
 あそこの奴らオレの事なんて説明すんだろ。
「もう少し此処で見てても良いか?」
「嫌な奴が慌ててる姿は面白いからな。好きにしろ」
「あんたって結構いい性格してるよな」
 そういう事って、思ってても口に出さないだろ。
「性格云々と言うよりは、嘘が吐けないだけだ」
 ・・・今のおかしくないか?
 嘘って吐けないものじゃないよな?
「なんで嘘が吐けないんだよ」
「何故と聞かれてもな・・・吐けないものは吐けないんだ。そういう性質だと言えばいいのか・・・」
「ふ〜ん」
 自分でも説明出来ないって事かな?
 まぁ良いや。
 こいつからはあそこの奴らみたいな嫌な感じはしないし。
 双児宮の奴らも他の宮の奴らに囲まれていい気味だしさ。
 ・・・・・・
「あのさ、サガってやっぱりあそこに居なきゃならないのかな」
「オレが見る限りでは別にあんな場所からは出ても構わないだろう。お前ら程度の子供に責任を負わすような役目を与える此処の連中がおかしいんだ。宮の守護だか何だか知らんが、そんなのは大人の役目だ」
 オレら程度・・・か。
 これでも一応、黄金聖闘士の資格は持ってるんだけどな。オレも。
 確かにさ、こいつと比べたら「この程度」ってレベルになるんだろうけどさ。
 ・・・なんか納得出来ないよな・・・
「じゃあさ、もしオレがサガも一緒が良いって言ったら」
「そう言う事は早く言え」
 って・・・オレ「もし」ってちゃんと言ったよな?
 なんであいつ双児宮に行ってんだよ!
 あーあ、集まってた奴ら皆固まってるし。
 あいつも堂々とサガの事、小脇に抱えて軽々戻ってくるし。
「教皇に断りを入れてくる。少し待っていろ」
 また置いてくのかよ・・・いや、置いて行きやがった。
 サガは・・・意識飛んでんのかな?
「サガ、おい、サガ!」
「って、あ、カノン!?って此処・・・何で!?」
 もしかして、あいつに連れてこられたの覚えてないのか?
「あいつが連れてきたんだよ」
「何で僕を?」
「一緒で良いって事じゃないかな」
「一緒って何が?」
「あのさぁ・・・この状況でお前以外に誰がいるんだよ!」
「い、痛いってば!カノン!髪引っ張らないでよ!」
 こいつって自分の事には鈍いんだよな。
 いつも人の事ばっかり気にしてさ。
 もっと自分の事、気にしろって。
「僕だって一緒に居たいけど、無理だよ」
「大丈夫だろ?何とかなると思うけどな」
 あいつの場合、何とかなるじゃなくて強引に何とかしそうだけどな。
「だって、今は十二宮に黄金聖闘士は2人しかいないんだよ?」
「あいつはオレを出してくれた。外に出るなんて絶対無理だって思ってたのに、簡単に連れ出してくれた。サガだってオレに出ようって言ってくれただろ!それってあいつが何とかしてくれるって思ったからじゃないのかよ」
「あの時はそう思ったよ。でも・・・やっぱり僕は無理だよ」
「何が無理なんだ?」
 あ、あんた本当に心臓に悪いって。
 何でそんな真っ赤な聖衣なのに気配どころか存在まで消せるんだよ!
「ほら、教皇からの書簡だ。サガ、お前宛だから読んでおけよ」
「僕に教皇様から?」
 で、そのままあんたは双児宮に・・・って何度も見てると結構慣れるな。
「何が書いてあるんだよ」
「良いって・・・」
「何が?」
「だから!僕も双児宮を出て一緒に行って良いって!」
 なんだ、やっぱりサガも出たかったんだな。
 やったなってサガに言おうと思ったら急に目の前が金色になった。
 すっげぇ・・・双児宮から空に金色の光が立ち上ってる・・・
「サガ・・・アレって何?」
「・・・知らない」
 光は空で何かにぶつかって聖域中に広がってった。
「アレが聖域の結界ってやつなのかな?」
「多分・・・初めて見た・・・」
 これもあいつがやってんだろうな。
 双児宮からこっちに跳んでくる赤いのがいるし。
「これでお前とジェミニが不在でも問題はない」
「あんた何してきたんだよ」
「何でも此処の結界は十二宮と各宮を司るゴールドクロスで成り立っているらしくてな、数ヶ月程度ならば問題はないが年単位でクロスが場を離れるのは好ましくないと言う事だ。だと言うのにジェミニはお前達と一緒に居たいと言い張る始末。教皇に聞きに行けば結界の維持に支障が出なければ好きにして良いと言うからな、ジェミニの力の一部をあそこに置いてきただけだ」
 置いてきただけ、って・・・聖衣の力の一部を置いてくるなんて普通の聖闘士は出来ないよな?
「あの・・・双児宮の人達は・・・」
「後の事は教皇に任せてある。心配する必要はない」
「あの爺さんに?」
「あぁ、オレが黙らせても良かったんだが、敵意を向けれらた場合アイツ等の命の保障が出来ないと言ったら快く引き受けてくれてな」
 快く?
 何だよ。
 何なんだよ、こいつ!
「プッ・・・ハハハ!あ、あんた、絶対におかしいって!快くって!ありえねぇ!」
 何処が快くだよ!
 思いっ切り脅してるじゃんか!
 なのにこいつ全然普通の顔でしれっとしてるし!
 あー、なんか久しぶりに笑ったな、オレ。
 あの部屋に入ってから笑うことなかったしなぁ・・・
「おかしいのは此処のヤツ等の考え方だ」
 あ、怒らせたかな?
 でも絶対にあんたは普通じゃないって。
「そうじゃなくてさ、あんた爺さん脅してんじゃん」
「・・・脅したつもりはないんだが・・・そうなるのか?」
 本気で言ってるよ、こいつ。
「命の保障はしないって普通は脅しだよな、サガ」
「うん・・・」
「オレは忠告の意味で言っただけなんだが・・・」
「「忠告?」」
 あんたの言った事の何処を如何取れば忠告になるんだよ。
 でも・・・嘘が吐けないって言ってたのが本当なら、こいつは本気で忠告のつもりだったのかな。
「あぁ。お前達にも気をつけて欲しいんだが、オレは自分に対して強く向けられる感情に左右されやすい性質なんだ」
 あんたって変な「性質」が多いな・・・
「敵意を向けられれば、ソイツをオレも敵だと認識する。逆に好意を向けられれば、自分で意識する間もなく相手に好意を抱く事もある。厄介なのは殺意なんだが、向けられた瞬間に相手の命を奪う・・・カノン、お前も危なかったんだからな」
 オレが?
「どうしてですか?貴方はカノンを助けてくれたのに」
 サガが訊いたのはオレも訊きたかったことだけど、こいつの答えを聞いてオレはゾッとした。
「あの部屋にいたお前は負の感情の塊だった。その中に唯一無かったのが殺意だ。お前は初対面のオレを殺そうとまでは考えてなかったから   オレに殺されずに済んだんだ。お前がオレに向けていた敵意に関してもお前が子供だったからオレも何とか抑える事が出来たに過ぎん」
「オレが・・・子供だったから?」
「自分で言うのもおかしな話だが、オレは子供には甘いんだ。大抵の悪感情は相手が子供だからと自分に言い聞かせる事が出来る。だが、殺意に対しては抑えようが無い」
 苦笑いをするこいつの顔を見てオレにも分かった。
 本当に自分でもどうする事が出来ないんだって。
 本当に嘘を吐く事が出来ないんだって事も。
 本当は殺意を向けられても子供は殺したくないんだって事も。
「じゃ、じゃあさ、あいつらは?命の保障が出来ないって・・・」
「アレは敵だ。腰が引けてるヤツ等を如何こうする趣味は無いが、危害を加えようとしてくるなら相応の対応はさせてもらう」
 双児宮を見る目がとても嫌なものを見る目になってる。
 そっか。
 こいつにとってもあいつらは敵なんだ。
 オレだけがあいつらを嫌ってる訳じゃないんだ。
「じゃあ、爺さんは?」
「アイツはなんと言えば良いんだろうな・・・変なヤツ、だな。初対面で正体不明なオレにセイントにならないかと言ってきたんだぞ?変なヤツでなければ、ただの馬鹿とでも言えばいいのか・・・」
 ふ〜ん。
 オレの事は見ないフリしてた癖にさ。
「お前は許せないだろうが、アイツもアイツなりに葛藤があった様だぞ。オレの口から話すことは出来ないが、機会があれば一度話してやれ」
 話してやれって言われも、話す事なんてオレには何も無い。
 恨み言を聞かせろって事なら幾らでも聞かせてやるけど。
「・・・爺さんが直接謝りに来たら考えてやるよ」
「カノン!そんな教皇様が直接なんて」
「そうか。なら」
「待てって!」
 こ、今度は跳ぶ前に捕まえられた。
 絶対にこいつ爺さんを今、連れてこようとしたよな?!
 オレはサガみたいに「直接なんて無理だ」って思ってたってのに・・・今連れて来られてもオレが困るから!
「爺さん謝らせるよりも・・・先に此処から下ろして欲しい」
 なんか話を逸らせないかなって思って気付いたけど、まだ火時計の上なんだよな、此処。
「それとさ、今さらって感じで訊きにくいんだけどさ」
 これだけはちゃんと訊かないと駄目だよな。
 これから一緒にいるヤツならさ。
「何だ?」




「オレ・・・あんたの名前、教えてもらって無いんだけど?」





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