仮初の聖闘士 01
オレの目の前には幾つかの建物があった。
厳かな雰囲気を漂わせるそれを一言で言えば【神殿】
その建物を何故オレがいつまでも眺めているかと言えば・・・そこへ繋がる足場がないんだ、これが。
前は勿論、右を見ても、左を見ても、後ろを見ても・・・無い。
結構高い建造物の天辺にオレは居た。
蟻みたいに動いてる黒いのは・・・人か。
何か言ってる様だがオレの耳には届いていない。
最近、封印を1つ増やしたばかりで聴覚がガクンと落ちたのも原因なんだが、外すと聞こえすぎるので外すつもりはない。
「どうするかな・・・」
此処から飛び降りる事は簡単だ。
もとより、こんな場所に居続ける趣味は持ち合わせていない。
それでもこんな場所に居続けているのは、下に集まってるヤツ等から【怒り】の感情が伝わってくるからだ。
このまま下りたら此処が何処か教えてくれる前に、揉め事に発展するのは目に見えている。
『そこの人、聞こえますか？』
腕を組んで悩んでいるオレの頭の中に直接声が聞こえてきた。
伝わってくる雰囲気から下にいるヤツ等とは違う。
この世界にも力を持ったヤツが居るって事か。
「聞こえている、と口で言ったところで届かないな」
声を飛ばす程度の事はオレにも出来るが、相手を認識するという条件が必要になる。
気配も姿も存在すら知らない相手へ声を送るのは不可能だと言える。
でなければあっちへこっちへと駄々漏れだ。
コレ系の能力は大抵性質が似てるのでオレに語りかけているヤツはきっとオレの姿を認識してるんだろう。
グルリともう一度辺りを見回し、オレは声の主を探した。
さっきよりも注意深く見回すと、目の前の神殿に声の主と思われる人影が1つ。
他のヤツ等とは明らかに違う
子供と思われる人影があった。
オレは軽く膝を曲げると、子供が居る場所へと一気に跳躍する。
跳躍しながら、今後、身体能力は暫く封印対象から外しておこうと考えた。
コレくらいの能力が無いと、今回みたいな場合に何も出来なくなってしまう。
「声を飛ばして来たのはお前だな？」
着地と同時に子供
青い髪の少年に尋ねたが答えが無い。
何かあり得ないものを見た、という感じで両目が見開かれている。
「違ったか？」
他に声の印象に近い人影は無かったんだがな、とオレが頭を悩ませているとこっちに向かってくる足音が神殿内に響いた。
「サガ！」
駆け寄ってきたのは目の前の少年
サガと同じ年頃の少年だった。
サガの傍らへと立つ茶金の髪の少年はオレが探している声の主とは明らかにイメージが違う。
意識が飛んでいる様子のサガが気がかりではあったが、もう1人の少年がついているなら大丈夫だろうと判断し、再び外へと意識を向けた。
「お前・・・サガに何をした！」
「は？」
声の主を探す為に再び辺りを探っていたオレは不意に背後から怒鳴られ、間の抜けた声を上げてしまった。
何をしたと言われてもな・・・まぁ、驚かせたのはオレか。
「少しばかり驚かせたみたいでな、悪かったよ」
オレが右腕をサガに向かって伸ばすと、サガの額に触れるか触れないかの所でもう1人の少年に子供とは思えない力で弾き飛ばされた。
「サガ！大丈夫か！」
「あ・・・アイオロス？どうして此処に？」
光を取り戻したサガの瞳にもう1人の少年
アイオロスの姿が映りこむ。
「大丈夫に決まっているだろう。驚かせた詫びに意識を戻してやっただけだよ」
オレはアイオロスに弾かれた腕を大げさに擦りながら、彼等に声を掛けた。
その手を見て今度はアイオロスが驚きを露にする。
まぁ、そうだろうな。
普通の子供の力ではない、大人以上の、尋常ではない力だったよ、アレは。
なのにオレの腕は折れた様子も無ければ腫れてもいない。
アイオロスは表情から察するに自分の力を理解してはいるが、制御は出来ていない様子だった。
「子供のくせに随分と力があるんだな。ただ、咄嗟の事態でも手加減は出来るようにしておいた方が良いぞ。相手がオレじゃなかったら腕ごと吹っ飛んでただろうからな」
これは大げさな表現ではない。
間違いなく普通の人間ならば腕は無くなっていただろう。
下手をすればそのままショック死だ。
オレが注意をしながらも笑顔で軽く頭を叩いてやると、アイオロスは罰の悪そうな顔をして俯いた。
反省が出来るのは良いことだ。
「で、サガって言ったな。オレにはどうしても頭の中に響いた声のイメージがお前と重なるんだが・・・お前がオレに声を掛けたんだな？」
「え、あ、はい！僕が呼びかけました」
オレが抱いた声のイメージは間違ってなかった様だ。
「やっぱりな。それじゃ、1つ教えてくれ。此処に話の通じそうなヤツはいるか？あの下の方でうろうろしながら怒ってる様なヤツではなく、出来れば此処での地位があるヤツが良いんだが」
話を通すには権力者が一番良い。
中には話を全く聞かないヤツも居るが大抵の権力者は経験上、馬鹿ではない。
「あの人達は此処へと繋がる道を護るのが役目なんです。だから侵入者に対して怒るのは当たり前なんです。お話は多分、教皇様なら聞いてくれると思いますけど・・・」
「けど？」
オレが先を促しても、サガは言葉を濁したまま口を開こうとしなかった。
「シオン様はこの十二宮を抜けた先にある教皇の間にいらっしゃる。けどな！オレはお前みたいな正体不明のヤツは絶対に通さないからな！」
言いよどむサガの代わりに言葉を続けたのはアイオロスだった。
子供は素直で良いな。
これが大人だったら居場所を知るまでにもう少し時間が掛かった事だろう。
気になるのはアイオロスがオレとの力量の違いを理解している上で、今の言葉を吐いたって所だ。
強がっちゃいるが体が震えている。
不意の一撃で骨を折る事すら出来なかった相手に対して、絶対に通さないって事は・・・
「もし、オレが此処を通ったらお前が責任を負わされたりするのか？サガ？」
サガは無言で頷いた。
こんな10歳程度の子供が責任取らされるのか・・・それは流石に通れないな。
と言う以前に、子供に護らせるってどんな権力者なんだ？
文句の1つでも言ってやろうと心に決め、入ってきた場所から上を見上げた。
ここの一番上って言ってたな。
「この神殿を通り抜けなければ良いんだな？」
通らなければ上には行けないと思っているサガとアイオロスは何を言っているんだ、と言いたげな視線をオレに向けてきた。
そんな彼等を尻目に、オレは此処へ来た時と同じように跳躍1つで元居た場所
火時計の天辺へと戻った。
其処から一番上にある神殿に目標を定め、再度跳躍する。
少年達の姿がオレの視界から消え、目標にした神殿が近づいたきたが・・・目測を誤った。
何でオレは時々抜けた事をしてしまうのだろう。
反省している間にも、神殿の壁はグングンとオレに近づいてきていた。