〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 28



 聖戦を引き起こしたのは人間だった。
 その事実はシオンにとってはかなり重かったのだろう。
 セイントはアテナと共に地上の愛と平和を   人間達を護ってきていた。
 その対象が、聖戦を引き起こしていたのだからな。
「だがな、シオン。それはなにも争いを求めての事じゃない」
 過去のハーデスの憑代となったモノ。
 ハーデスが選んだ純粋な魂を持った人間。
「人間は愛情で肉親を殺せる存在なんだ。ハーデスの憑代に宿る魂はその愛情が強すぎた。地上に生きるモノ達を愛し、それらの苦しみを嘆き、悪意を悲しむ。悪意に染まる前に、もがき苦しまずに済むように。傲慢なまでの優しさと、地上に蔓延る負の感情への絶望が聖戦の引き金だ」
「・・・何故、お前にそこまでの事が解る」
「愚問だな。オレがクロスと話せる事を忘れたのか?ハーデスから今までの聖戦で必ずハーデスの憑代となるモノの傍に生まれ育つセイントが居ると聞いてな。そのクロスから、外から見た憑代の在り様を聞いたまでの事だ」
 ハーデスは憑代となる魂を地上に送り出し、己のコスモと繋げた後はその魂の進むがままに任せ、殆ど放置してきたそうだ。
 それ故に、憑代の心の細部までは掴んでいなかった。
「天馬星座のセイント。それが聖戦の鍵なんだろう?」
 シオンが息をのむ。
 先の聖戦でも最後にハーデスに立ち向かったのはアテナとハーデスの依代だった少年、そして二人と縁の深かった天馬星座のセイントだと、童虎にも確認は取れている。
 そして・・・今の世にも天馬星座のセイントとなる存在は既に生まれている。
「シオン、一つ確認したい。天馬星座のセイントは必要か?」
「どういう意味だ」
「天馬星座のセイントとなるべきモノがそれを望まなかったとしても、今の世ならば平穏に暮らす道を選ぶことが出来る。ペガサスもそれには同意している」
 今までの天馬星座のセイントは傷付き、倒れ、魂をすり減らしてまでアテナや仲間たちの為に前線で戦い続けたのだとペガサスは言っていた。
 倒れた仲間の屍を乗り越え、仲間たちの思いを背負い、死地に向かうのだと。
 それはペガサスの   天馬星座のセイントだけに言える話ではない。
 聖戦に赴く全てのセイントに言えることなのだが・・・その役割から天馬星座のセイントはアテナやハーデスの依代と近しい存在である事が多々あり、他のセイントたち以上に心まで傷付いてきたのだと。
 ならば。
 平和に暮らすことが出来るならば。
 自分の主となる存在が辛い思いをしなくて済むならば。
 自分は【彼】と出会う事が出来なくても良いのだと、ペガサスは嬉しそうに語った。
「瞬が人間の魂のやり直しを望むか否か。ハーデスや冥界側が誘導するような事は無いが、それは今後のアンタや子供たち、そして周囲のモノ達次第だろう」
「・・・聖戦の可能性が僅かでも残っているのなら」
「残っているが、アンタ達の努力次第だと言っているんだ。瞬には一輝がいる。サーシャとも実の姉弟の様に仲が良いし、サガやカノン、アイオロス達の事も慕っている。ジェネラルやスペクター達の事もな」
「だが!先の聖戦ではサーシャ様と兄妹であったにも関わらず、アローンはロスト・キャンバスを」
「それはサンクチュアリの失態が原因だろう?」
 シオンの表情が曇る。
 解っているのだろう。
 解っていながらも、先の聖戦の引き金を引いたのがサンクチュアリなのだとは、認め難いのだろうな。
「サンクチュアリがアテナを依代の傍から引き離した。違うか?」
「それ、は・・・」
「その上、アテナ同様に依代に一番近い場所に居た少年を、天馬星座のセイントとなる少年をも引き離した」
「知らなかったのだ!サーシャ様と共にいた兄が!天馬の親友とも呼べる者が!ハーデスの依代だったのだと!サンクチュアリの誰も知らなかった!」
「そうだな。アンタ達は誰も知らなかった。アテナもまだ、アテナとしての記憶を思い出してはいなかった。だから防ぎ様のない聖戦だった。だが、今は違うだろう?」
 ハーデスの依代は瞬だと判明している。
 瞬の傍にいる親しいモノ達は例え神官共が引き離そうとしても、それを良しとしないだろう。
「・・・天馬星座のセイントとなる魂は、幾度生まれ変わっても肉親との縁が薄いそうだ」
 それが何だと、シオンの視線が語っている。
「それは今生でも変わらず、天馬星座のセイントとなれる存在にいるのは血を分けた姉と、その存在を認知していない父親だけだ」
 尤も、父親の方はオレの言を受け入れたので姉ともども認知しているだろうが。
「あった、のか?」
「あぁ。サンクチュアリに来てセイントになる意思があるかも確認した。たった一人の姉の傍に居たいと断られたがな。さて、シオン。無理やり姉と引き剥がしたりすれば、天馬星座のセイントとなる存在はサンクチュアリを憎むだろう。そんな姿を瞬が見たら、瞬はサンクチュアリに不信感を懐くとは思えないか?」
 あの優しい子が、何故無理やり連れてきたりするのかと疑問を懐かない訳が無い。
 現にクラーケンが対となる存在を助けるために此処に連れてきた時も、傷だらけの自分と同年代の子供を目にし、何故こんな事をするモノが居るのかとアテナと共に一輝に泣きついていた。
 あの時は見知らぬモノの行ったことであったが為に一輝や他の子供たちの声に耳を傾けていたが・・・自分の暮らすサンクチュアリのモノ達が原因で負の感情を懐くような子供を目にしたならば、結果は違っていただろう。
 シオンにもそれは解っている筈だ。
「アンタは・・・サンクチュアリは再び聖戦の引き金を引くつもりか?」
 もしそうならば、オレだけでなく子供たちもサンクチュアリを見限るだろう。
 平和に過ごせる未来を態々潰すようなモノ達を擁護するようなモノは居ないと断言できる。
「・・・その様な事はせぬ、いや、させぬ。天馬星座の聖闘士の存在を知っているのはお前だけなのだろう?」
「存在している事を知っているのはオレとアンタ、そしてペガサスだけ、だな。」
「そうか。ならば探査の目に引っかからぬようにせねばならぬな」
「問題ない。既にその地域の担当はオレの息が掛かったモノにしてある。例えコスモを感知したとしても、オレが了承しなければサンクチュアリに連れてくるような事は無い」
「アイオリアの時と同じ処置を既にしていたか」
 教皇としては天馬星座のセイントを手放すような選択は間違っているのだろうが、それでもシオンは心底安堵しているのが伝わってくる。
「アンタなら、訳を知りさえすればそう指示を出すだろうと思ってな」
「ふん。そこまで私を信用しているならば、早々に言って欲しかったがな」
「機会が無かっただけだ。こうしてアンタ以外の耳を気にせずにすむ状況が無かったからな」
 変に人払いを頼めば、何があったのかと躍起になって探ろうとするモノがいるだろうし、住処で話そうものなら子供たちの耳に入りかねない。
 元々、近寄るモノの殆ど居ないこの場所にシオンから来ることで、自然と人払いされた状況が作られたが為に出来た話だ。
「天馬星座のセイントになる存在は、キドの息子だ」
「・・・何?」
 何を言っているんだコイツは、と言いたそうだな。
 まぁ既にキドの息子が4人   一輝も含めたら5人もブロンズとは言えセイントとなる存在だったんだ。
「一輝の弟で瞬の兄にあたる。他にもキドの息子の中には白鳥星座、一角獣星座、海ヘビ星座のセイントとなれる存在が居たな」
 実を言えばもう一人。
 何かの間違いじゃないかとオレも思ったが、アンドロメダ星座のクロスが瞬を呼んでいた。
 今となってはセイントとなれるモノが他の神の闘士にもなりうるのだと、カノンという前例があるが・・・流石にハーデスの依代がセイントになれる存在でもある等とはシオンに教えなくてもいいだろう。
 教えたところで心労が増すだけだろうからな。
「あの男には何かあるのか?」
「さぁな。そんな事まで調べる必要はないだろうと探ってはいない。尤も、外部組織に加える際にグラード財団に関しては調査しているが」
 改めて調べて見るか?と言外に問いかければ、シオンは無言のまま首を左右に振った。
「お前の隠し事は心臓に悪すぎる・・・一つ確認したい。お前は何故、ハーデスの依代を嫌ってはいないのだ?」
 瞬を、という意味ではないのだろうな。
 ハーデス達やペガサスから聞いた話では嫌う要素が無かったのは確かだが。
「ハーデスの依代たちが愛情が深すぎる為に聖戦を起こしていたのだと語るお前が、お前にしては珍しく慈しむ様な語り口だったのが気になっただけの事よ」
「あぁ・・・そんな事か。幾度か経験しているからな」
「経験がある、だと?」
 オレが器に宿った事で普通の子供とは違ってしまった。
 成長速度は人間のそれに合わせたとしても、子供であった事などないオレが子供らしい子供であれる訳が無い。
 それを気味悪がるモノに対してはオレも距離を取り、自然と器の親から離れる行動をとった。
 だが、それでも愛情を向けてくるモノもいた。
 周りと違っても構わないと。
 それが器に対して向けられている感情なのだと解っていても心地良く、器の親を最後まで看取った事も幾度もある。
 が、その過程で人としての営みを続けられないモノもいた。
 誤って人を手にかけてしまったモノもいた。
 オレが原因で周囲から疎まれたモノもいた。
 そうしたモノの中には悩みに悩んで死を選び   オレを、器を置いては逝けないと手に掛けたモノがいた。
 自分と器の未来に絶望しながらも、愛情を失わなかったモノ達がいた。
「親の居る赤ん坊を器にした時にな。泣きながら、謝罪しながら、来世の幸せを願いながら、幾度か器を壊された事がある。その根底にあるモノは全て器にと選んだモノに対する愛情だった。オレに殺されることなくオレの器を壊せる感情をオレは他に知らない。純粋な、相手を思い遣る感情程心地良いモノをオレは他に知らない」
 己の罪を認識し、それでも手を止めず。
 器を   己の子の命を奪った後に、精神を壊し、そのまま己の命を絶ったモノもいた。
 だからオレは、親が傍にいない   遺棄された器を選ぶようになった。
 オレが原因で罪を犯させない為に。

「話に聞かされたハーデスの依代たちからは、そうしたモノ達と同様のモノを感じ取った。ただ、それだけだ」




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