〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 27



 手にした記録書を棚に戻し、次の記録書を取り出す。
 聖戦が近付くとそれに対応する為にセイントの数が増える。
 そうシオンから聞かされ、記録書にも確かにその記述が残っているが。
「アンタの記憶にも無いんだな?」
「はい。今まで冥王と海皇が同時に現れた時代はありません」
 部屋の隅で闇にまぎれる様に立っている神官が答える。
「やはりオレが原因、か」
 スペクター達の封印や、瞬のことなどから考えても今回の聖戦の相手はハーデスで間違いないだろう。
 あの結界の弱まり様からポセイドンが目覚めるのも時間の問題だったのではないかと思ったんだが・・・ オレが封印を破らなければ後百年単位で寝ていた可能性があったと言う事だな。
「ですが、今回は聖戦の心配をなさる必要はないのではないかと」
「あぁ。そんなモノ、起こさせやしない・・・サンクチュアリ側からけしかけない限りは、起こりはしない」
「解っています。我ら一同、開戦を望む者には目を光らせておりますので」
 この男は元ゴールドセイントであり、シオンよりも遥か昔からサンクチュアリに、アテナに仕えているのだという。
 実はこういった存在は少なくなかった。
 元々、セイントはその強いコスモにより細胞が活性化され、只の人より遥かに長く生きる。
 第七感まで目覚めたゴールドセイントは己のもつコスモの強さにより更に永い時を生きていた。
 サンクチュアリの神官として、その後の生を過ごすモノが大半だが・・・セイント上がりの神官は大神官や神官長と言った上の役職には就けない事になっており、どちらかと言えば普通の神官達よりもその身を潜めセイント達の裏方に徹している事が多い。
 常人よりも永く生きるモノが   同じモノが権力を振るい続けない様にと。
 ならば何故、教皇はゴールドセイントから選ばれるのかと問えば、教皇の在位は長くても次の聖戦が訪れるまでであり、歴代の教皇は例外なく、その命を【教皇として迎える聖戦】で落として来たのだと教えられた。
 残っている限りの記録書を読めば、それが偽りでは無いのだと知る事が出来る。
 聖戦に関する記録書も、シオンのように戦い生き残ったセイント達と共に彼らが認めていた。
 そんな中でもコイツを筆頭とした一派は積極的に協力を申し出て来た為、こうした記録書の確認の際に細かな事項を確認したり、自分が馬鹿だと気付いていない馬鹿の対処を任せている。
「アテナ様は健やかにされていますか?」
「あぁ。毎日元気過ぎて少々手を焼いている」
「そうですか」
 永い時を生き過ぎた為か、オレ並に表情を露わにしないコイツ等も、サーシャの話をすると顔を綻ばせるのだと気付いたのは何時だったか。
 気になるのなら自身の目で見に来ればいい、と言ったところで自分達は既に一線からは身を引いた影に過ぎないからと遠くから見守る程度に見に来る事も無い。
「・・・考え直して頂く事は出来ませんか?」
「毎回諄いな。オレみたいなモノは余り1つ所に長くいるべきじゃない。その為にアンタ達に動いて貰っているのだと何度言わせる」
「何度でも。貴方が考え直して下さるまで、私達は言い続けますよ」
 アテナの為に、と小さく呟かれる。
 今まで幾度も幾度も己の主神を帰ることの叶わない戦場へと送り出してきたモノ達にしてみれば、神と対等に交渉を行えるオレは手放したくないモノなのだろう。
 今までにオレを望んだモノ達と同じく、畏怖を懐きながらその感情の源である力を求めてくる。
 だからこそ、オレもまたコイツ等を子供達を護る為の駒としてしか見る事はない。
「此方が今回の対象者です。全て自然死として処理されています」
 手渡された手書きのリストを確認し、目の前でそれを無に返す。
「気付かれてはいないな」
「位を返上したとはいえ、我ら黄金聖闘士の動きを聖闘士になる事すら叶わなかった唯人たる神官達が気付く事など出来はしません」
 神官の言葉に否応を返さずに、手にした記録書に視線を戻す。
 普通の神官達に気付けぬ事など、オレとて解っている。
 気付くとすれば同じだけの力を持つモノ。
 その中でも一番厄介なのが   シオンだ。
 サンクチュアリ内の膿を絞り出す事が必要だとシオンも解っているが、強行にそれを行う事を良しとしない。
 多少、直感のようなモノでオレが何かをしていると感づいてはいる様だが、何をしているのかまではまだ気付かれていない筈なんだが。
「・・・シオンが来る」
 たったそれだけで神官の気配が変わり、数分と経たずに入り口の扉が開かれる。
「何を調べている」
 室内を見回し、神官の姿が目に入ると厳しい視線を向けていた。
「サーシャの教育方針に関して、歴代のアテナに関する記述が無いかを調べていた」
「そうか。イオニアは居合わせただけか?」
「そいつは此処の生き字引だからな。記録書よりも生きたアテナの情報が得られた」
「職務に戻っても宜しいでしょうか」
「あぁ。時間を取らせたな」
「いえ、お知りになりたい事がございましたらいつでも」
 シオンへと一礼をして資料室から出ていく姿を確認し、扉が閉まると同時に今度はオレへとシオンの視線が向けられた。
「よくあの男に繋ぎが取れたな」
「候補生上がりの神官がアイツがオレに興味を持っていると教えてくれてな。なら直接話そうという流れになった」
「私ですら、あの男から何時でも時間を割くなどと言う言葉は引き出せないのだがな」
 そんな恨みがましい目で見られても、な・・・
「アイツはアテナ談義ならば此方の都合も気にせずに朗々と語ってくれるぞ」
 狂信的、という言葉はあの男には似合いだろう。
 己が記憶している限りのアテナの様子を、何度聞いても一度も時代を間違えて語る事が無い。
 普通の人間ならば時と共に記憶の混在が起こるだろうが、例えそれが美化された記憶だとしても初めて会った時から一度もその内容がぶれる事は無かった。
「何か言われたのか?」
「いや、サーシャに関しては元気に過ごしていればそれだけで良いと言っていた。アテナとしての自覚は時と共に自然となすだろう、ってな」
「あの男が?」
「何でも、先のアテナも十二宮を抜け出したりと奔放だったが、聖戦の折にはアテナとしての役割を自覚していたから考え方が変わったそうだ」
「・・・そうさな。サーシャ様と私が初めてお会いした時も、十二宮から抜け出られ聖闘士の鍛練場付近にて冥闘士に襲われている時であった・・・」
 それはそれで問題だろう。
 確かに先の聖戦の記録にはワームのスペクターをサンクチュアリ内で殲滅と言った記述があったが・・・
「十二宮の警備体制の見直しが必要か・・・」
「当時は何度見直しても何処からか抜けだされていた様だがな。まぁ、サーシャ様が神殿に上がられるのはまだまだ先の事。今は最も安全な場所におられるのだから心配する必要はなかろうよ」
 最も安全だが、セイントとジェネラルとスペクターが共生する最も混沌と化している場所だがな。
「そう言えば、先日の子供は如何した」
「まだ目を覚ます様子は無い」
「やはり心の問題か」
「目を覚ました先が地獄ならば、目覚めたいとは思わないだろうからな」
 カノンがシードラゴンの対になれる存在だと判明した後、最後のジェネラルが見つかった。
 キドから預けられた子供達とそう大差ない子供は、心と体に傷を負った状態で波間を漂っていたという。
 そのままだったならば命は失われていただろうが、クラーケンは自ら動いて子供を助け上げ、サンクチュアリへと連れてきた。
 今は同じジェネラルである子供達が交代で看病をしている。
「海皇は何と?」
「ポセイドンだけじゃなく、ハーデスからもこんな様を見てもまだ人間を粛清するなと言うのかと問われた。そんな事をすれば目の前に居る子供や、同じ境遇の子供達、それに子供に対して非道な行いを良しとしないモノ達や、ソロ家や瞬を取り囲むようなモノ達まで巻き添えを喰らう事になるのだと言って聞かせてはおいたけどな」
「子供がされた非道への是非を問いかける、か。お前の話を聞いていると、私達が戦っていた冥王と同一の存在なのかと疑問を懐かずにはいられんな」
「・・・言ってなかったか?」
「何をだ」
「ハーデスが何故、人間の子供を憑代にするのか」
 はっきり言えば、効率の悪いやり方だ。
 オレの様に元から器を持たないならばいざ知らず。
 ハーデスは己の身体を持っている。
 親からもらった美しい身体を傷つけたくないから使わない、などと言っていたが・・・アイツと親神との仲は然程良くなかった筈であり、クロノスは生まれたばかりのハーデスを己の腹の中へと封印し、レアは末子のゼウスを可愛がっていたのだからハーデスがそれらから与えられたモノを大切に保管する事に違和感を感じ問いただした。
 その答えが    
「人間を試しているのだそうだ」
「試す、だと?」
「輪廻を司るのは冥界であり、何時どの魂が生を受けるのかを一番把握しているのはハーデスだ。だからこそハーデスは数百年おきに人間を試す。尤も清らかな魂が新たな生を受けた後に、その魂が人間の負の面を見てどの様な行動を起こすのか   己の、ハーデスのコスモをどう振るうのかをな」
 人間を粛清する。
 その考えを懐いてからもハーデスが本気で人間に対して力を振るった事は無いのだろう。
 本気ならば・・・アテナに邪魔などをされずに全ての命を奪う事も可能なのだから。
「では、先の聖戦だけでは無いと言うのか!全ての聖戦が」
 
 
「聖戦の引き金を引くのは何時も人間だ」




← 26 Back 星座の部屋へ戻る Next 28 →