〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 14



      リィィィィィン
       リィィィィィン

 連日連夜、聞こえてくる声にオレは辟易としていた。
 ただでさえ削られている睡眠時間がさらに少なくなっている。
 オレがこの声を無視していたのにはそれなりの訳があった。
 この声が    クロスの声では無いからだ。
 事の起こりは3ヶ月に1度の海上訓練。
 オレの力も無事とは言えなかったが封印出来、ゴールドセイントも全て揃ったのだからと子供達の全員参加を決めたのはシオンだった。
 相変わらずライブラのセイントだけは姿を現さなかったが、シオンと同年齢   高齢者と言うことなので仕方がないと諦めることにした。
 シオンを見ていると高齢者でも元気そうなんだがな・・・
 実を言えば、ゴールドセイントである子供達もこれが初の海上訓練になる。
 理由は簡単。
 ゴールドセイントは主に十二宮を守護する為、海上での訓練など必要がないと阿呆共が騒いだ為だ。
 それを決行するに至ったのは子供達自身が参加したいと言い出したからに過ぎない。
 かと言って指導官に訓練生と共にゴールドセイントを任せる訳にも行かず、オレも同乗する事になった。
 船は子供達に見せる意味合いもあり、スニオン岬を経由し沖合いで訓練を開始。
 この時までは何も問題は無かった   候補生が海に落ちるまでは。
 訓練の最中に海へと落下するのは仕方の無い事だが、救助体制は整っているとは言えないだろう。
 理由あっての事だが、サンクチュアリには泳げる者が少ない。
 先ずは海を司るのが過去にアテナと聖戦を勃発させたポセイドンである事。
 もう1つは過去の聖戦において海戦になった記録が残っていない事だ。
 シオンから話を聞かされた時にオレの頭が痛くなったのは仕方の無いことだろう。
 はっきり言えばくだらない。
 戦いなんてモノは過去に無かったから今後も起こりえない等という甘い考えで戦えるモノではないと訓練の必要性を訴え、海上訓練の実施を定期訓練に捻じ込んだのは2〜3年前の話だったか。
 救助体制と言えば聞こえは良いが要は落ちたモノが泳げなければ近い場所にいる泳げるモノ達が必ず救助に飛び込む、という強制的な決まりを設けただけに過ぎない。
 それも一度落ちてから助ける決まりになっている。
 泳げないモノ達には落ちた場合の対処法を教えている為、それが実践出来るかを確認する必要性があるからだ。
 この日の訓練で受身を取り損なった候補生が落ちた場所から近い位置に居たのはオレを含めた数名だった。
 泳ぎ始めるか、対処法を実践するかを見極めようとしたんだが・・・浮かんで来なかったんだな、これが。
 訓練初参加の子供達には待機するよう言い残し、飛び込んだオレの後から数名の候補生が続いて飛び込む。
 この時オレは海上訓練を始めてから   いや、サンクチュアリに来てから初めてこの世界の海へと触れた。
 海面に触れた途端、此処がアテナの領域外である事を、この世界が各々を司る神の力に守られている事を実感する。
 だが海は落ちてきたモノがセイントの候補生だからと拒絶する事は無い。
 サンクチュアリの様に人を拒絶する事も、閉じ込めることもせず在るがままに受け入れるのみ。
 まるで海に飲み込まれるかのように沈んでゆく候補生の腕を掴み体を支えて浮上しようとした時、何かがオレを呼んだ。
 後に続いていた候補生達には聞こえてない声をオレはクロスの声かと考えたが、響いてくる波長がクロスとは異なっている。
 これ以上面倒事を抱え込みたくなかったオレはそれを無視する事にしたんだが・・・1週間、2週間と日が経ってもその声は昼夜消える事は無く、サンクチュアリに居る間中オレに向けられていた。
 ・・・良い根性しているな、と関心したのは最初の頃だけでこうまで続くと流石のオレも根負けした。
 来てくれと呼びかけるなら用件をさっさと言え、と返した時は鳴り止まなかった事からオレが出向く必要があるのだろう。
「解った。明日お前の所に行くと約束するから今日は寝かせてくれ」
 届く波長と同じ波長で言葉を返せば、声はピタリと止んだ。
 短い睡眠を取った後、身支度を整えて教皇宮へと向かう。
 シオンからの呼び出しではない為、火時計から双魚宮の庭園へと下り、そこから教皇宮への入り口へと再び跳ぶ。
 謁見の順番を待っている神官や文官を尻目に扉を開け放つと、中に居たモノ達の視線が集まったがあえてそれを無視した。
「シオン、少し出てくる。後は頼む」
 頼むのは勿論、子供達の事だ。
 今回は自分でもどれくらい掛かるか検討がつかない。
「何処へ行く?」
「さぁ?取り敢えず、海の中から呼んでる声があってな。ソイツに会ってくる」
 オレの言葉に周囲がざわついた。
「・・・海界絡みか?」
「その辺りも、何とも言えないな。海界絡みだったとしてもアイツ等の為にならない事はしないと約束する」
「出来れば聖域の為にならない事もしないと約束してくれるとありがたいのだがな」
 シオンはオレが口にする約束という言葉の重さをこの場に居るモノの中で唯一知っている。
「それは無理だ。まぁ、アンタの為にならない事はしない様に努めよう」
 だからこそ、オレは無理だと答えるしかない。
 海へ行くと言っただけで敵意を強めるような連中の為になど約束出来る訳が無い。
「待て待て、今日入った依頼だ。目だけでも通していけ」
 踵を返して教皇の間を後にしようとしたオレをシオンが引きとめた。
 手渡される書類の束は然程の厚みは無い。
「・・・シルバーで十分だな。対象地域の近隣国に派遣されているヤツ等に割り振れ。この海難事故の調査に関してはオレが引き受ける」
「お前が事故調査を?」
「あぁ。報告書の数値が確かならば件数が増えすぎだ。ポセイドンがアテナと敵対しているとはいえ、海を生業とするモノ達の守護神である事に変わりは無い。スニオン岬のポセイドン神殿からは特に異常は感じられないからな。海へ行くついでに調べるだけの事だ」
 一地域ならばオレとてポセイドン云々と考える事はしなかった。
 だが、海難事故件数は資料を見る限り海域を問わずに増えている。
 他にも海洋生物の異常行動が報告書には添付されていた。
 正直、神には関わりたくないが・・・
「心配するな。相手がポセイドンだったなら、話くらいは聞いてやるさ」
「・・・聖戦は起さぬよう気をつけてくれ」
 アテナが居ない以上、聖戦は起きないだろう?
 オレとポセイドンが争った所で単なる私闘だと思うが・・・あぁ、アプスをつれて行くとセイントが攻入った事になるという事か。
「アプスは置いていくから安心しろ。ではな」
「何!?待て!私はそういう意味で    
 これ以上、時間を食うのも面倒だったオレはシオンの言葉を聞かずに教皇の間から直接外へと出た。
 後ろでシオンが何やら怒鳴っていたが、大した事じゃないだろう。
 教皇宮を出たその足で先日海上訓練を行っていた海域まで向かった。
 ちなみに船は無い。
 小舟で来られるような海域ではない上に、態々訓練船を出すのも大げさだと思ったからなんだが・・・この海域に近隣の村々から漁師の船が出ていたとは。
 力を足場に海の上に立っていたら海神の使いだなんだと拝まれ・・・聖域の近辺でもやはり海に出るモノにとってはポセイドンは信仰の対象だと言う事か。
 面倒なのでそのまま漁師の男にこの近海に暫く誰も近付かない様にと託け、海の中へと体を沈めた。
 海に触れるや否やで再びあの声が聞こえてくる。
 声に引かれるように海の底へ向かうと、海底だというのに空気がある不思議な空間へとたどり着いた。
 こういうモノを海底神殿と呼ぶのだろうな。
 古めかしい、所々に痛みを見せる建造物が並ぶその場所には人の姿は全くない。
 最も、この様な場所を人が作れる筈もなく   つまりは神が関わっている場所だと言う事だ。
「・・・向こうか・・・」
 正直、やる気が失せてきていたが約束してしまったからには此処で帰る訳にも行かず声に案内されるがままに先へ先へと足を進める。
 迷う事無く辿り着いた場所には荘厳な扉があり、それは固く鎖されているかの様に見えたが手を触れるとこれといった抵抗もなく左右へと開いた。




← 13 Back 星座の部屋へ戻る Next 15 →