〜言の葉の部屋〜

仮初の聖闘士 03



 呼び掛けに応え、目の前に現れたアプス   風鳥星座のクロス。
 コイツは思った以上に・・・いや、かなり派手だった。
 箱から出てきた本体を目にして、オレの頭の中にある知識の引き出しに掛かった鍵が1つ外れた。
 風鳥とは極楽鳥の事だったのだと。
 サガやアイオロスの黄金のクロスもどうかと思っていたが、コイツはそれ以上に目立つ。
 戦場ならば必ず敵の目に付き、力量が無ければ命取りになるであろう程、目立つ。
 極楽鳥の色合いがそのままクロスとなっていた。
「シルバークロスってのはこんなに派手なモノなのか?」
 呆れ気味に教皇に聞いてみるが、教皇も困惑した表情をしている。
 アンタは此処の最高責任者だと聞いていたんだが・・・
「いや、白銀聖衣はその名の通り、基本は銀を主体とした色合いの聖衣だ。風鳥星座も以前、私が見た時にはこれ程派手な聖衣では無かった気がするのだが・・・」
 と、言う事はだ。
 コイツは持ち主によって「雄」だったり「雌」だったりする訳か。
 教皇が前に見た時は「雌」を模し、ド派手な今は「雄」と言う事だな。
 サガとアイオロスもこれ程派手なクロスを目にしたのは初めてだったのだろう。
 本当にクロスなのかと疑いの眼差しを向けている。
 そういう顔になっても仕方が無いな、とオレが思っていると突然アプスが光だし、勝手にオレの身体に装着されていた。
 オレの困惑が伝わって不安にさせてしまったのだろう。
 腕に装着されたパーツをゆっくりと撫でてやる。
 お前との約束を破るつもりはない、幾つものクロスの中で唯一オレの呼び掛けに   仮初めの主でも良いと応えてくれたお前をオレが拒絶する事はないから安心しろ、と思いを込めて。
 永く持ち主の現れないお前は待つ事に疲れ果てていた。
 自分の持ち主が生まれる気配も無く、他の仲間とも離れた場所で1人眠るアプスは己を纏えるモノなら誰でも良いと考え始めていた。
 だが候補として現れる少年少女達はアプスを纏うには力不足だった。
 いつ、唐突に去る事になるか解らないオレでも良いと思ってしまうほどに、寂しさを募らせていた。
 だからオレは約束をした。
 オレがこの世界を去る時まで、お前の主であり続けると。
 例えオレが去る前でもお前の真の主が現れたその時は、この関係を断ち切ると。
 アプスはそれを受け入れた。
「囮には最適な色合いだな。オレのやりたい事までは伝えていなかったってのに・・・お前はなんでオレの考えまで解ったんだろうな」
 セイントが戦士であるならば。
 戦場へと赴く必要性があるならば。
 こんな子供が戦いの場へと行かねばならないならば。
 オレが此処にいる限りは、全ての敵をオレが払ってやろうと思っていた。
 此処に居る非常識な大人達の代わりに。
 オレだけはサガとアイオロスを普通の子供として扱おうと。
 最も、オレが此処に居るヤツ等を非常識と言えるのは子供に対する姿勢だけだ。
 オレは人の命を狩る事に戸惑いは一切無い。
 殺気を持って襲いくる相手に対して、殺す気が起きないヤツは死ぬだけだ。
 昔、共に行動をしていたヤツに言われた事がある。
 お前は自分の懐に入れたモノに対しては大層甘く、激甘と言えるほど過保護になるが、意にも止めないモノに対しては非情で冷徹だ、と。
 オレ自身に自覚はなかったが・・・子供に甘いって点は認めざるを得ない。
 どんな種族でも子供は戦わせてはならない、というのがオレの考えだからだ。
 人以外の種族では自力で生き残る強い子供しか要らないと、子供を産み捨てる種族もいたが説教をかまして絶滅寸前まで追い込み、子供の大切さを教え込んだ事もある。
「改めて宜しく頼むな、アプス」
 子供達を守る為に。
 オレが声を掛けると、アプスは柔らかな光を放った。
「お前は・・・聖衣と意思の疎通が図れるのか?」
「あぁ。作り手の意図が含まれているかは解らないけどな」
「聖衣と・・・」
「意思の疎通・・・」
 サガとアイオロスがポツリとつぶやいて自分の纏っているクロスを見つめた。
 今まで気にした事は無かったんだろうな。
「ソイツ等   ジェミニとサジタリアスは此処を護ろうとするお前達を守ってやろうって気持ちで一杯だよ。たまに感謝してやれば十分だ。ただ・・・」
 オレは言葉を続けて良いものか迷った。
 何故なら、オレは此処の事情を全て知っている訳ではないからだ。
 だが・・・サガのクロスであるジェミニの思いは必死だった。
「・・・此処にもう1人、カノンとかいう子供が居るんだろう?ジェミニが自分のもう1人の主が不憫でならないと訴えてきている。何とかして欲しい、とな」
 意思が通じると解った途端に随分重い話を押し付けてきたが、それだけ切羽詰っているという事なんだろう。
「う・・・む・・・。カノンか・・・しかしな・・・」
 教皇が言いよどむ。
 オレがカノンという名を口に出した事で、ジェミニの言葉であると信じてはいる様子だが、後ろめたい事でもあるのだろう。
「アンタ達の女神が創ったクロスの訴えを無視するのか?」
 それは女神の意思を無視する事になるのではないか、と含みを持たせている事に教皇は気付いている。
「アンタが判断できないなら、オレが決めさせてやるさ。サガ、行くぞ」
 此処の決まり事はオレは知らない。
 今、オレを動かしているのはジェミニの悲痛な訴えだけだ。
 此処に雁字搦めにされているアンタには難しい事でも、オレには何の縛りも無い。
 教皇が次の言葉を紡ぐ前に、オレはサガを連れてその場を足早に去った。
 カノンの居場所はジェミニが教えてくれている。
 長い階段を下り、幾つもの神殿を抜け、目的の場所へと到着する。
 歩いてから思ったが・・・無駄に遠い。
 侵入者対策なのだろうが、歩くのではなかったと後悔する事になった。
 ジェミニが言う【双児宮】と言う場所がサガと最初にあった場所だと解っていれば、火時計を経由して直ぐに来れたのだ。
「サガ、影の部屋とは何処にあるんだ?」
 聞くとサガは何故知っているのか、という顔をする。
「全部、ジェミニがオレに教えてくれている。ただジェミニは其処には行った事がないらしくてな、詳しい場所はサガが知っていると言っている。案内してくれるな?」
 戸惑いを見せたサガだったが、頷くとオレを隠し階段へと案内した。
 案内された部屋をみて愕然とする。
 はっきり言えば、牢獄だった。
 岩壁に囲まれ、開いた部分には一般的な扉ではなく鉄格子が嵌っている。
 ここから逃げられないように閉じ込め、死なない程度に世話をするだけの部屋。
 こんな場所に閉じ込められて、正常な人間に育つとは到底思えなかった。
 闇の気配さえ感じさせるその場所を見回すと、サガと同じ顔をした子供の姿を見つける。
「サガ、鍵は持っているか?」
 サガは首を横に振った。
 この牢獄の鍵は上位の神官が管理しており、サガの手元には無いのだと言う。
「なら、壊すか」
「壊せません・・・此処は小宇宙が封じられる作りになっているんです」
 サガにもアイオロスくらいの力があるとオレは読んでいたが、コスモというモノがその力を発揮させていたという事だろうか?
「ならば見ていろ。そのコスモとやらを必要としない破壊をな」
 オレは鉄格子の扉ではなく、それ以外の岩壁の部分に目を走らせた。
 内部に被害を及ぼさずに崩壊させる事の出来る一点を探す。
「この程度のモノならば、力を使わずともオレには簡単に崩せる」
 オレに壊せないものと言えば、魂などの形の存在しないモノくらいだ。
 形が無くとも・・・心ならば壊せるがな。
 目星を付けた一点に向かい、拳を打ち付ける。
 ピシリ、と罅の走る音が広がり、岩壁はその場にガラガラと崩れていった。
「成功だな。カノン、此処から出ても大丈夫だ。こっちに来い」
 突然の事態にカノンは警戒心を顕にして、オレを睨み上げていた。
 警戒心の他にも、猜疑心、拒絶、憎悪・・・諸々の負の感情がオレに向けられる。
 殺意が無い事だけが、カノンの命を繋ぎ止めていた。
 もし、カノンが殺意まで抱いていたなら、オレはこの可哀想な子供に死を与えていたに違いない。
 余りにも強い負の感情に引きずられそうになりつつも、オレはカノンに近付いた。
「オレはお前を此処から出してやれる。ジェミニがそれを望んでいるからな。本当はお前とも一緒に居たい様だが、自分の為にお前がこんな状況になっているのは我慢出来んらしい。このまま此処に縛られるか、オレと出るか。後はお前が決めろ」
 この場所がカノンに相応しくない、とオレが思っても最後に決めるのはカノン自身だ。
 オレが出来るのは選択肢を与える事のみ。
 オレが差し伸べた手を取るか、振り払うかはカノンの自由。
 しっかりとその瞳を見つめると、逡巡の色が見て取れる。
 出たいと願う気持ちと、出ても無駄かも知れないという諦めと、騙されているかも知れないという猜疑心。
 オレはカノンが結論を出すのを待ち続けた。
「・・・あんたも聖闘士なんだろ。教皇や神官には結局逆らえない・・・」
 やっと口を利いたカノンの声には諦めの色があった。
「逆らえるさ。オレは正式なセイントではないからな。父親の頭から生まれた女神なぞ知ったものか。このサンクチュアリと言う場所で穏便に暮らす為にクロスが必要だっただけだ」
 カノンの感情が揺れている。
 そんな動機でセイントになるモノが居るのかと、女神に暴言を吐くセイントがいるのかと。
「カノン!此処から出よう!」
 この部屋の中に入る事を躊躇っていたサガがいつの間にかオレの隣に立ち、カノンの背中を後押しする。
「どうするんだ?」
 もう一度手を伸ばすと、今度はあっさりと握り返してきた。
 やはり兄弟は良いものだな。
「まだ10年程度の人生だろう?これから楽しい事は山の様にある」
 2人の頭を撫でながら言うと、その目は何かを訴えていた。
「何だ?」
「えっと・・・」
「聖闘士って小宇宙が強いほど、体の成長が早いんだよ」
 言いよどむサガに代わってカノンが言葉を続ける。
「だからなんだ?」
「一緒に来いなんて言うなら歳くらい知っといてくれよな」
 先程までの雰囲気とガラリと変わったカノンの様子に警戒心が無くなった事を感じつつも、言葉に引っかかりを覚える。
 この言い方では10歳にもなっていないと言う事か?
「あのさ、俺もサガもまだ6歳だよ」
「・・・ちなみにアイオロスは?」
「「5歳」」
 教皇・・・いや、ゴールドクロスか。
 お前達は何を考えてこんな子供を選ぶんだ。

 その後、教皇に聞いた話ではゴールドセイントは5歳前後に決まるモノが多いらしい。
 ・・・サンクチュアリとは保育所の事なのか・・・?




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