〜言の葉の部屋〜

Sideデスマスク 〜意味〜



「「デスマスク?」」
 またこの反応かよ。
 自分の名前が変だってのはオレが一番良く解ってる。
 だからオレが一番良く知ってる。
 この名前が人から嫌われる名前なんだってのを。
「そうだよ。変な名前で悪かったな」
「いや・・・すまん」
 こいつはシュラ。
 オレと同じ年の黄金聖闘士。
 ・・・オレも大概目つきが悪いとか言われっけど、こいつオレ以上じゃないか?
「なんで謝るのさ。変な名前なんだから驚いたって仕方ないよ」
 こっちはアフロディーテ。
 名前もこんなだし見た目もそうだったから女だと思ってたのに・・・男だった。
 よく考えりゃ女の聖闘士だったら仮面付きだよな・・・てか・・・
「お前なんて名前からして詐欺だろ」
「何か言った?」
「別に?お前達だって変な名前だろって言っただけ」
 オレ達みたいに物心つく前から聖闘士候補生として聖域に引き取られたヤツは大抵が本名じゃない。
「俺の名は異国の戦神の名だ。アテナの剣となり戦い抜くようにと付けられた。変な名前などではない」
「ふ〜ん」
 ご立派なこって。
 けどよ、何で態々異国の戦神なんだ?
 あぁ・・・ギリシャの戦神だとアテナと仲が悪いからか。
 それだと、こっちの女男の名前もアウトだと思うのはオレだけか?
「オリンポス十二神の名を変だって言うの?」
「いや、男のお前がその名前なのは変だろ?」
 こいつが女だったらピッタリだったんだろうけどな。
 その場合、顔が見えねぇからあってるかどうか解らなかっただろうけど。
「なら、アフロディーテとエロス。どちらか選べって言われたら、君ならどっちを選ぶのさ」
「・・・どっちも嫌だ」
「どちらかを必ず選ばなきゃならないんだけど?」
「なら・・・アフロディーテ・・・かな」
「そう言う事」
 あれか。
 名前付けるのが心底面倒になって守護星座の神話から持ってきたパターンだな。
「それでお前は?」
 聖闘士の中にも親の希望とかで元から名前を持ってるヤツもいるらしいけどさ。
 そうじゃないヤツは呼ぶのに不便だからって適当につけられたヤツばかり。
 その最悪のパターンがオレの名前だろうなぁ・・・
「オレの場合は守護星座が積尸気を司るからってこんな名前にしたんだと。その上、歴代の蟹座の黄金聖闘士には死を連想させる名前が多いらしいからな。修行地に居た頃はデスなんて呼ばれてたから死ねって言われてるのかと思ったけどさ」
 って人が折角笑い話にしてやろうってのに、何でんなしんみりした顔になるんだよ!
「ふむ、やはり同い年だと仲良くなるのも早いようだな」
「「「教皇様!?」」」
 行き成り後ろから声かけるなっての!って、教皇の間の前で話してたオレ等が悪いのかも知れないけどさ・・・
「そう固くなるな。お前達を集めたのには理由があっての事なんだが・・・お前達3人には十二宮から出て貰う」
 はい?
 十二宮から出ろって言ったのか?
「黄金聖闘士を辞めろって事かよ」
 このジジイ・・・ボケてんじゃないだろうな。
「そんな・・・」
「どうしてですか!」
「勘違いをするな。お前達にはある者の楔になって貰いたいだけだ。なに、黄金聖闘士である事には変わらんし、其処にはお前達より5年程先に黄金聖闘士になった者達もいる。多くを学べる環境である事は保障しよう」
 なんだ、辞めろって事じゃなかったのか。
 ・・・辞めさせられたら、オレなんて行くところねぇもんなぁ・・・
 それにしても黄金聖闘士は十二宮で暮らす事になるって耳にタコが出来るくらい聞かされてきたんだけど、聖域の決まりごとが変わったのかな。
 ジジイの言ってる【ある者】ってのも気になる・・・って、何だよこの破壊音。
 真後ろから聞こえた気がしたと思ったら・・・人?人なのか!?
「何の用だ。呼び出し状には必ず用件を書けと何度言えば・・・この子供達は何だ?」
 破壊音は教皇の間の壁を破った音だった。
 それも崖側の。
 埃が晴れたと思ったら真っ赤な聖衣?を身に付けた聖闘士?らしい男がいた。
 ジジイにすっげぇ口の利き方・・・ってオレも人の事は言えないけどさ。
 オレは口には出してないし?
 教皇であるジジイと口喧嘩出来る聖闘士って居たんだな。
 なんか内容が、預けるとか腰掛とか贔屓だとか・・・真顔で「殴っても良いか?」ってありえなさすぎるだろ・・・
 んで、結局この変な奴と一緒に暮らすかどうかオレ達が自分で選べって事になった。
 どんな所に連れてかれるのか解んねぇけど、オレも他の2人も一緒に行くって答えた・・・選ぶも何も、教皇に此処から出ろって言われてる限り出なきゃなんねぇだろ。
 その後はあり得ない事の連続だった。
 どうやって教皇の間に来たのかと聞けば試してみるかとオレ達3人を抱えたまま火時計に跳び移る。
 何で教皇に文句を言えるんだって聞いたら教皇より強いからだって答える。
 信じられなくてコイツの家に付く前に後ろから蹴り飛ばそうとしたら、動きが全然見えなかった。
 ・・・誰だよ、黄金聖闘士の光速の動きが見切れる者は第7感に目覚めた黄金聖闘士だけだってオレに教えたのは。
 見切られてる上に見切れねぇじゃんか。
 さらに聞けば白銀聖闘士だって言うし?
 今まで教えられてきた事って何だったんだろうなぁ・・・
「と、言うことで今日から一緒に暮らすことになったキャンサーとデスマスク、カプリコーンとシュラ、ピスケスとアフロディーテだ」
 家に着いたら着いたでオレ達の自己紹介をしてくれた訳だが、突っ込みどころ満載だろ。
「あのさぁ・・・キャンサーと、じゃなくてキャンサーの、じゃねぇの?」
 真面目に突っ込みを入れたオレが馬鹿だった。
 双子座のサガとその弟のカノン、射手座のアイオロスからコイツが如何に常識から外れたヤツなのかを聞かされた上に、本人の口から「聖衣に礼を言え」とか言ってきたし。
 何言ってんだって思ったら勝手に聖衣が飛んで行くし。
 シュラはなんでかやる気出してるし。
 うん、此処じゃ常識を捨てた方が良いんだな、きっと。
 で、当の本人はオレ達を家に居た3人に預けてさっさと家から出て行った。
「村?」
「あぁ、シンは聖域内で揃えられない日用品なんかはロドリオ村まで買いに出ているんだ。こんな時間じゃなかったらオレ達も連れて行って貰えるんだけどな」
「デスマスク、シュラ、アフロディーテ。3人とも今まで教えられた事と此処での生活との違いで戸惑う事も多いと思うが、聖域の真実を知る事が出来るのは此処しかないと私は思っている。シンは神官と違って訊けば教えてくれるからな。小さな事でも疑問に感じている事があるなら訊いてみると良い」
 小さな事でも、か。
 確かに此処に来るまでにも訊いたら必ず答えてくれたけどさ、結局都合の悪い事は答えてくれないんだろ。
 アイツの後をついて行ったカノンが戻って来た所でオレ達は聖衣の部屋に案内された。
 どんな部屋かと思ったら何の変哲もない普通の部屋で、聖衣箱の上に聖衣が置いてある。
 マジで聖衣箱の中に入れないんだな。
 ってかさ、聖衣って聖衣箱から飛び出してきて勝手に装着されて小宇宙で弾き飛ばすと勝手に箱に戻った気がするんだけど、どうやって聖衣箱の外に出してんだよ。
 自分でパーツ外して組み立てるのか?
 なんて考えながら聖衣箱を部屋の中の適当な場所においたら、聖衣が勝手に外れて聖衣箱の上に乗っかった。
 オレは何もしてねぇのに。
「デスマスク。シンに言われた事があるだろう」
「言われた事・・・えーっと・・・ありがとう?」
 確か聖衣に礼を言えって言ってた筈だからあってるよな。
 シュラとアフロディーテを見たら2人もカノンとアイオロスからオレと同じことを言われたみたいだった。
「疑問形なのは頂けないが、まぁ最初だから仕方ないな」
 サガは溜め息を吐きながら、如何して聖衣の部屋が出来たのかを教えてくれた。
 意思を持っている聖衣は見聞き?した事をオレ達みたいに覚えているんだと。
 で、聖衣箱に入るとそういったのが全部遮断されて持ち主の小宇宙で聖衣箱が開くまで周りの状況が解らなくなるから、本当は外に出ていたいらしい。
 今までそうしたくても出来なかったのは「聖衣箱の中に居るのが当たり前」の状況だったからで、あいつが出ていたいなら好きにしろって言ったら出っ放しになったんだとさ。
 ・・・何でアテナの聖衣があいつの言う事を聞くんだか。
 疑問に思ったら負けなんだろうな、うん。
 オレ達の聖衣も此処にある双子座と射手座、それと風鳥星座の聖衣が自由にしてるからそれに習ったんだろう、ってのがサガの予想。
「ならば、先程この聖衣が行った様な事は俺達にもすぐに出来るのでは?」
「扉も壁も壊さずに聖衣がこの部屋に戻る事がかよ」
 カノンに言われてオレ達3人は部屋の入り口や窓、壁を見回した。
 何処にも、聖衣が突き破った様な後は無い。
 オレ達がこの部屋に来た時は確かに扉は閉まってた。
 窓も全部閉まってる。
 じゃあ・・・誰が・・・って、まさか聖衣が自分で扉を開けたとか?
 んなわけ・・・あるのか・・・?
「最初の1回は扉が壊されてたんだけどな。シンが『次に部屋を破壊したら、この部屋の天井を打ち抜いて野ざらしにする』って言ったら、風鳥星座の聖衣は扉を破壊せずに出入りするようになったんだよ」
 それをオレ達も聖衣にやらせろと。
 ・・・出来るのか、蟹座の聖衣。
 なんて聞いてもオレには聖衣の意思とかってのは全然解んねぇから意味ねぇけど。
 その後は特に驚くような事も無しに、あいつが食材や寝具を抱えて帰ってきて夕飯を食べて、その間に用意された部屋で今日は寝る事になった。
 ベッドでなけりゃ寝れねぇ、なんて言わねぇけど・・・寝心地が良すぎて寝れねぇって有りかよ。
 片づけられる部屋が1つしかなかったからって一緒に押し込められたシュラとアフロディーテは寝ちまってる。
 オレが動いても起きないって警戒心無さ過ぎだろ、お前等。
「どわっ!」
「・・・何をしているんだ、お前は」
「あんたこそ何で屋根の上なんかに居るんだよ!お蔭で足踏み外しただろうが!」
「静かにしろ、デス。シュラとディーテが起きるだろう」
「・・・デス?」
 こいつもオレの事をそうやって呼ぶのか。
 修行地じゃ気にしない様にしてたけどさ、ずっとそう呼ばれんのかな。
「デスマスクなんて長ったらしいだろ。マスクの方が良かったか?流石にスクじゃおかしいだろうし、最初と最後でデクもありかも知れないが」
「デスで頼みます」
 何も考えずに略しただけかよ。
 マスクやスクやデクと比べたらデスが真面に思えるな。
「お前は嫌いなのだろうが、オレは良いと思うがな」
「は?」
「名前だよ。お前は呼ばれる度に嫌悪感を自分に向けるからな。自分の名前を嫌っているのだと直ぐに解った」
 いやいや。
 普通、嫌悪感を自分に向けてるとか他人は解らねぇだろ。
「あんたさ、オレの名前の意味解ってて言ってんのかよ」
「名前の意味、か。ならお前はシンと言う名の意味を知っているか?」
 なんか聖闘士なら知っておけって師匠から聞かされた話の中に確か・・・
「えっと、どっかの古い神様の名前だっけ?」
「・・・そっちを持ってくるか。確かに古代メソポタミアの月の神の名でもあるが、オレの場合は違う意味合いで付けられた」
「どんな意味なんだよ」
「【罪】だ。産まれた事が罪なのだと付けられた名だ。尤も本来名を持たないオレには大切な名だがな」
 マジかよ。
 オレのデスマスクも大概だと思ってたけど・・・なのに何で大切だなんて言えるんだ。
「どうして・・・」
「そうだな・・・【人】から見ればオレは確かに罪に塗れている。此処に来る前にも多くの命を奪ったし、それに関してオレは何の罪悪も感じていない。元々、罪を犯すと言う概念が無いからな。【罪】を【罪】だと感じていないのだと思い知らされるが、名が無いのと比べれば遥かに良い」
 オレにも名前は1つしかねぇけど、大切だなんて思えない。
「・・・あんたの師匠も随分な名前の付け方したんだな」
「いや、この名は器の産みの親が付けた名だ。その上、周りのヤツは誰一人本来の意味に気付かなかった。本来の意味を隠す為に、別の字を宛がわれていたからな」
 そう言ってオレの手のひらに書いた字は棒線ばかりの見たことの無い字だった。
「これは漢字と言って【信】の一文字でシンと読む。意味は欺かず、嘘の無いモノ・・・親と言うのは偉大だな。オレの存在など知らないだろうに、オレの本質を衝いた名を付けるのだからな」
 あんたさ。
 今の自分がどんな顔してるか解ってるのかよ。
 此処に来るまでも、此処に来てからもあんたってスッゲェ無表情なんだなって思ってたのにさ。
「・・・オレはあんたの名前も嫌いだ・・・」
 そんな顔をさせる名前なんて呼べる訳ねぇじゃんか。
「そうか。だが、さっきも言ったがオレはお前の名前は良い名だと思うぞ。生きているモノ全てに訪れる【死】。そして最後に残せるたった1つのモノが【デスマスク】だ」
 最後に残せるもの。
 そんな風に考えた事なんて無かったな。
「お前は名乗るだけで人にそれを意識させる事が出来る。お前の名に嫌悪を抱くモノは苦悶の最後を迎える自分を想像するからなのだろう。それに安らかな死に顔からはそれまでの人生が幸福であったのだと見て取ることが出来る。例えどんな思いであれ、自分の人生を、最後の想いを伝える事が出来る最後の声無き言葉が【デスマスク】なんだとオレは思っている」
 デスマスクなんて・・・【死に顔】なんて気色悪いものとしか思ってなかった。
 もしかして、オレに名前を付けたヤツも「常に死を意識しろ」って意味で付けたりしたのか?
 確かに聖闘士は訓練からして死と隣り合わせだったけどさ・・・いや、あり得ねぇ。
 こいつみたいな考え方をするヤツなんて早々いる訳がない。
「お前も名に恥じないように、最高の死に顔で死ねるようにする事だな。教皇くらい生きて大往生してやれ」
「・・・オレに200年以上生きろってか」


 オレの名を良い名だと言ったその顔は、あんたの最後の顔は必ず看取ってやると子供心に思わせるほど悲痛な顔だった。
 まるで自分には縁の無い話だと言わんばかりに。
 自分の最後の想いを受け止める者は居ないのだと。
 自分の【デスマスク】を見せる相手は居ないのだと。
 だがオレは、この時のこいつの表情の本当の意味を解っちゃいなかった。
 こいつが漏らした大事な言葉も聞き落としていた。
 解っていたとしても・・・結局はどうにも出来なかったんだろうけどな・・・





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