〜言の葉の部屋〜

Sideサガ 〜連環〜



「さっさとサガを帰せよ!」
「教皇の許可は下りていると何度言わせる。それで、食事はしていくのか?」
「食べるに決まってるだろ!」
 毎朝、アイオロスは僕を迎えにくる。
 今日でもう2週間になるんだけど・・・シンって本当に子供に甘かったんだなぁって実感したのは此処に住むようになって3日目だったかな?
 1日目はアイオロスが煩いからって追い返したけど、2日目は丁度ご飯の時間に来たアイオロスがお腹を鳴らして食べたそうにしてたから自分の分をあげて、3日目にはアイオロスの分までご飯があったんだから・・・それも朝昼晩の3食全部。
 アイオロスも食べてから来ればいいのに、それからずっと朝昼晩のご飯の時間に此処に来るし。
 最近は僕を迎えに来てるんじゃなくてご飯食べに来てるね・・・絶対に。
 でもアイオロスの気持ちも僕には分かる。
 黄金聖闘士候補だった頃から、僕とアイオロスは一緒だった。
 ただの訓練生だった頃にカノンと一緒にいた時間は、黄金聖闘士候補になってからはアイオロスとの時間に変わっていた。
 僕は後から知ったけどカノンは    その頃からあの部屋に閉じ込められていた。
 カノンが何処に行ったのか教えて貰えなかった僕にとってアイオロスはたった1人の同じ場所で過す友達になった。
 たった2人しかいない黄金聖闘士候補だから2人で一緒に黄金聖闘士になろうって。
 一緒にご飯を食べて修練をして朝から晩までずっと一緒にいたから。
「・・・アイオロスも寂しいんだよね」
 午後の鍛錬からの帰り道、アイオロスに聞いてみた。
「なっっっ・・・そんなこと無い!」
 全力で否定しているけど・・・アイオロスはシンとは別の意味で嘘が吐けない。
 顔に全部出てるって自分じゃ気付いてないんだろうけど。
「そう?僕だったら急に1人になったら寂しいけどな」
 聖域が修行地に当たる黄金聖闘士候補は候補になった時から十二宮で暮らす事になる。
 最初は僕しか居なかった十二宮にアイオロスが候補生として来た時は嬉しかった。
「・・・オレは1人じゃない」
「十二宮に帰ったら・・・1人だよね」
「サガが帰ってくれば1人じゃない!」
「うん、でも今は僕もカノンと一緒であそこの人は好きじゃないから戻りたくない」
 これは本当。
 カノンがあの部屋に閉じ込められてるって知ったのは1ヶ月前   アイオロスと一緒に黄金聖闘士に任命された日。
 僕は気付けなかったんだ。
 同じ双児宮の中にずっと居たカノンに。
 ずっと会えなかったカノンに会えるって言われて僕は嬉しかった   カノンの目を見るまでは。
 1年半。
 僕とカノンが離れていた時間は、カノンを別人に変えていた。
 カノンに置いていかれたと思った僕にはアイオロスがいたけど、僕に見捨てられたと思ったカノンには誰も居なかった。
 食べるのも寝るのもずっと1人。
 人が来るのは食事が運ばれる時と体を動かす鍛錬の時間だけ。
 その人とも会話は出来ない。
 僕が黄金聖闘士になるまでの1年半、カノンがそんな生活を送ってたんだって知ったのは、此処に一緒に住むようになってからだった。
 だから僕もあそこの人達が嫌いになった   僕に優しかった人達が僕の知らない所で何をしていたのかを知ったから。
 だから知りたくなった   あんなに変わったカノンを会ったその日に昔のカノンに近づけてくれたあの人を。
 だから嬉しかった   僕をあんな目で見ていたカノンが僕も一緒にと言ってくれた事が。
 だから信じられなかった   僕も一緒に行こうと言ってくれたカノンの言葉が・・・僕はカノンに恨まれてると思ってたから。
「・・・じゃあ、なんでアイツは良いんだよ」
「シンは僕達に隠しておけば良いことも話してくれたからかな。あ、アイオロスにも教えておいてあげるね。シンに殺気を向けたら駄目だよ?殺されるから」
「・・・殺される?」
「子供相手なら敵意は我慢出来るけど、殺気は相手が子供でも我慢出来ないんだって」
「なんだよ・・・それ・・・」
 僕もそう思ったけどね。
 実際に見ちゃったから・・・相手は子供じゃなかったけど。
 僕達があの家に住む事になったその日の内に、多分、神殿の人に雇われた人がシンとカノンに襲い掛かってきた。
 僕にも感じられる殺気を放って。
 けど、僕が危ないって思った時には皆、死んでた。
「僕もカノンも一瞬の事でシンが何をしたのか解らなかった。だから怖いとか感じる事も無かったんだけど、そんな僕達に何て言ったと思う?」
「アイツが?そんなの解るかよ」
『こういう時は相手を捕まえて黒幕を吐かせないと意味が無いんだ。オレも頭では解ってるんだが・・・コレばかりはな・・・』
「って、相手を捕まえる必要があるって分かってて殺したのか?」
「僕も説得力ないなって思ったけど、解ってても排除する方向に体が勝手に動くんだって」
 アイオロスはそんなに心配する必要ないんじゃないかなとは思ってるけど。
 シンもアイオロスは「警戒心の強い子犬や子猫」程度だって言ってたし。
「そんな危ないヤツなのに・・・十二宮にいるより良いのか・・・?」
「危なくなんてないよ。だって僕はシンを殺そうとか思わないから。アイオロスだって一緒にご飯食べたりしてる時に危ないって思った事ある?」
「ない・・・けど・・・」
 アイオロスって一度こうって決めた事、中々直せないんだよね。
 教皇様もアイオロスにはもう少し柔軟性が必要だ、って言ってたくらいだから。
「あそこの人達にシンやカノンの事を何て聞かされてるか知らないけど、アイオロスが見て感じた事も大切にしようよ」
 あの人達なら尤もらしく自分達の都合が良いように言うんだろうな。
『双子座の黄金聖闘士候補が双子だった場合、片方は影として育てるようにと言うのがアテナ様のお考えだ。お前に万が一の事があった場合、周りに気付かれぬまま入れ替われる様にな』
 カノンを閉じ込めてる理由を訊いた時、僕もアテナ様の意思なら仕方が無いって思ってた。
 けど、シンが双子座の聖衣から聞いた話は少し違った。
『何でも聖戦に赴く兄にクロスも無いのに弟が力になりたいからと付いて行こうとした。兄はアテナに聖戦が終わるまでの間、弟のコスモを封じる術がないかと相談し、アテナが誂えたのがあの部屋だ。隠し扉で地下になっているのは万が一、ゴールドセイント達が不在にしている間に十二宮に敵が攻め入った時に気付かれない様にする為で世間から隠す為ではなかったそうだ。聖戦が終わり、兄の仲間達が弟を迎えに来たが兄は戦死していた。弟もゴールドセイントの資格を持っていた事から兄の後を継ぎ、ゴールドセイントとして兄の意思を次代に繋いだというのが真相だ。長い年月がそうしたのか、人為的なのか・・・【命を守る為に兄によって隠された弟】と【死んだ兄の意思を継いだ弟】というのが【存在を隠された弟】と【兄が死んだ場合のスペアとなる弟】になったんだろう、とジェミニが言っている。鉄格子の理由?いや、ジェミニにも解らないそうだ。何せ、部屋の位置すら知らなかったんだからな。ジェミニが知っているのは自分のセイントだった兄弟の言葉と気持ちだけだ。オレの所見で良いなら・・・アレは後から付けられたモノだろう。ジェミニの話は初代から数えた方が早い頃の話だ。そんなに長い年月を経たモノだとは到底思えん』
 シンの話を聞いて僕は「アテナ様の考え」って言われただけで納得して・・・僕の身代わりになるカノンはカノンとして生きられないって気付けなかった自分が情けなくなった。
 あそこの人達が聞いたらシンの話も作り話だって言うに決まってる。
 でも、双子座の聖衣はシンが話終えた後に柔らかく光ったんだ。
 まるで僕達に本当の話だって訴えるみたいに。
「・・・もう1つ、良いこと教えてあげようか?」
「なんだよ」
 家の前で立ち止まって言った僕にアイオロスはまだ何かあるのかって顔を向けてきた。
 僕が教えてあげる事を信じてくれるかどうか解らないけど。
 アイオロスならきっと信じてくれると思う。
 今のアイオロスはただ寂しいだけだから。
「・・・本当に上手くいくのか?」
「アイオロスが素直になればね。いつ実行するかは任せ」
 ・・・なんか今、家の中から大きな音が聞こえたんだけど・・・
「とにかく、タイミングはアイオロスに任せるからね!」
 何があったのか気になって慌てて玄関を開けた僕が見たのは、狭くは無いけどそれなりの広さしかない家の中で逃げているカノンと追いかけているシンの姿だった。
「へぇ、カノンって結構いい動きするんだな」
 アイオロスが関心するのも無理ないかも。
 カノンは聖闘士としての鍛錬は嫌がってやらないけど、体を動かす事は好きなんだよね。
 ただ動かすのが好き程度じゃ何かあった時に対処出来ないからどうしようか、ってシンも悩んでたんだけど・・・
「多分、カノンが何か悪戯して怒るついでに鍛えてる、って感じかな?」
「確かに鍛えられるよな・・・けど、このまま放っておいて良いのか?」
「大丈夫だと思うよ。カノンが捕まって無いって事はシンもかなり手加減してるし。これ以上ダメだと思ったら捕まえて終わるよ」
 シンも僕達が帰って来た事に気付いてるし。
「で、アイオロスは夕飯も食べてくの?」
「当たり前だろ?」
 聖衣専用の部屋に向かう僕の後を付いて来てたからそうだろうなとは思ってたけどね・・・人馬宮の方には用意されてないのかな、っていつも疑問に思うよ。
「でもカノンの奴、何やったんだろうな」
「この間はシンを罠に嵌めるとかで彼方此方に仕掛けを作ったは良いけど作った場所が解らなくなって『場所を把握せずに罠を仕掛ける馬鹿がいるか』って変な怒られ方してたよ」
 今度は何したのかな、って考えてたら聖衣の部屋を見た瞬間に僕もアイオロスもカノンが怒られる理由が一目で解った。
「流石に・・・これは無いよね・・・」
「怒られるのを解っていてやったって感じだな」
 僕達の目の前には可哀相な風鳥星座の聖衣があった。
 いつもは真っ赤な聖衣なのに・・・
「何色にしようとしたんだ?」
「多分・・・銀かな・・・」
 カノンの気持ちも解らなくはない。
 風鳥星座の聖衣が何て噂されてるか僕も知ってるから。
「アプスは綺麗にしてくれるなら構わないと言っている。夕飯は終わってからだからな」
「解ったって言ってんだろ!」
 呆然と風鳥星座の聖衣を見てたら、後ろからシンとカノンが来た。
 テーブル壊れてたけど・・・夕飯何処で食べるつもりなんだろ・・・
「シン・・・カノンも悪気があってやったんじゃないと思うから」
「それは解っている。だからオレもアプスもこの件に関しては怒っていない」
「じゃあ、なんでアンタは怒ってんだ?」
「オレを見た瞬間に理由の説明もせず逃げたりするからに決まっているだろう」
 自分の聖衣がこんな目に合ってるのに、怒るところってそこなの?
 あ、聖衣も怒ってないんだっけ・・・風鳥星座の聖衣って心が広いんだね・・・
「逃げるのは疚しい事をしていると自分が思っているから出る行動だ。お前は何の為にアプスにこんな事をした?思いつきで遣った訳で無いなら自分の主張ははっきりと言え。結果として怒られる事が解っていても、遣った事に対して逃げねばならない様な行動には最初から出るな」
 僕としては疚しい事とか考える間もなく、ただ単にシンに怒られる恐怖が蘇って逃げただけだと思うんだけどね。
 この間の罠の時は3日かけて聖域一帯の地図を作らされてたし、その前にふざけて外壁壊したら闘技場の補修作業の手伝いをさせられてたし・・・ってカノンも懲りないから仕方ないのかな。
「カノン、明日は荷物持ちとしてアテネ市街までついてこい。食糧以外に買わなきゃならんモノが増えたからな。お前にも責任があるんだ」
「げっ・・・面倒くせぇ・・・」
 荷物持ちって・・・あれだよね。今さっき壊したテーブルとか食器とか。
 アテネまで行くのは羨ましいけど・・・
「いいなぁカノン。聖域出てアテネに行くなんてさ。罰でも良いからオレも行けるなら行きたいよ」
「罰・・・?何を勘違いしているか解らんが、来たいならアイオロスも一緒に来い。荷物持ちは多い方が往復する回数が少なくてすむからな」
 アイオロスも一緒に行ったらカノンへの罰にならない気がするけど・・・勘違い?
「荷物持ちって逃げた事への罰じゃないの?」
「罰まで与える様な事ではないだろう」
「じゃあ何でオレが荷物持ちで付いてく必要があるんだよ」
「カノン・・・お前はオレを何だと思っているんだ?オレとて一度に運べる量には限度がある」
 ただ単に人手が欲しいだけ?
 そうなると・・・
「カノンに地図作らせたり、闘技場の補修させてたのは?」
「地形を把握させる為と自分が壊した場所の修繕方法が解らんと言うからプロから学ばせるのが一番だと思っただけだが?」
 そっか。
 この人がずれてるのって怒るポイントだけじゃなかったんだ。
 そうだよね・・・普通の考え方する人だったら十二宮を火時計使ってショートカットしたりしないよね。
 罠を仕掛けた場所が解らない → 場所の把握が出ていない → 地図を作らせて場所の把握をさせる
 家の壁を壊した → 直し方が解らない → 闘技場の修繕を手伝わせて覚えさせる
 なんて普通の人じゃ絶対に考えないって事、解ってないんだろうな・・・
「シン・・・僕も明日ついて行って良いかな?」
「人手が増えるのは助かるな」
「そうじゃなくて・・・何だが貴方がまともに買い物が出来るのか不安になってきたから。それと今後は何かを遣らせる時は出来るだけ詳細の説明をしてくれる?」
「・・・買い物の手伝いを頼むのに説明が必要だとは思えんが・・・」
「いや、アンタはオレに頼んでない。ついて来いって命令口調だったぞ?」
 僕とアイオロスがカノンの言葉に頷くとシンは顎に手を当てて考え始めた。
 あそこの人達より全然良いけど、この説明足らずな部分は直して貰わないと・・・周りの人の誤解を増やすだけなんじゃないかなって心配だよ。
「シンって良い意味でも悪い意味でも常識から外れてるよね・・・」
「どういう意味だ、サガ。このサンクチュアリでオレ以上に人としての常識的な考え方をしているモノは居ないだろう」
「うん、良い意味での方はね」
 聖域の考え方が人として考えたら異常だって僕も考える様になったのはシンの影響だから。
 此処で教えられた考え方以外の考えをもっともっと知りたいって思った。
「シンは確かに人として人が人に対してどうあるべきか、とかそういう考え方は此処にいる人達とは比べられないくらい常識的だと思うよ」
 帰り道が見つかるまでしか此処にはいないって聞かされても、それまでの間に教えてもらえるだけ教えて貰いたいと思った。
「でも、貴方は自分の事に対しては口数が少なすぎるし、考え方が人とは全然違うって解ってないよね」
 聖域に暮らす人達だってちゃんとシンの話を理解出来れば、考え方が変わるだろうって僕は思ってる。
 ただ、その為には今のシンのままじゃ絶対に無理だし・・・もし、明日とか明後日とかに帰り道が見つかったら理解してもらう時間も無くなる。
「いや、オレが【人】とは違うと言う事は十分に解って   
「解ってないから!あぁ、もう!何でシンってカノンとか僕とかアイオロスの事は解るのに自分の事は解らないのさ!?普通は罠を仕掛けた場所を忘れた事じゃなくて罠を仕掛けた事自体を怒るものだし、地形把握の為に地図を作らせるって把握してたら罠仕掛けて良いの!?」
「必要な時に解除出来るなら構わな   
「だからそれが非常識だって言ってるのが何で解らないかな!貴方は!此処は敵地や戦地じゃないって解ってる!?」
「オレにとっては敵地に近いんだがな・・・」
 ・・・そうだよね・・・周り中に敵意が溢れてるって言ってたから。
 どうやったら、この人に僕の伝えたい事が伝わるんだろう・・・此処には貴方次第で貴方を受け入れてくれる人も居る筈なんだって・・・
「サガ、何言っても無駄。そもそも、脅しを脅しと理解してないヤツなんだからオレ達が解ってやるしかないだろ?」
「それじゃ、時間が」
「時間?」
「・・・何でもない。カノンが良いなら、もう良いよ・・・」




 たった1人の弟を救った人は、聖域という異常な世界でたった1人だけ違う考え方をする人だった。
 この人ならば聖域を変えてくれるだろうと。
 皆が彼の考え方を理解してくれるまで、せめてそれまでは聖域に居て欲しいと。
 此処にとって貴方は敵ではないと、彼自身に理解して貰える様になるまで居て欲しいと。
 彼の性質を理解しきれていなかった幼い私は自分勝手な願いを毎日のように願っていた。
 それが彼を此処へ縛る事になるとも知らずに。





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