〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 11



 聖戦の開戦時期に関してはドウコ曰く「誰にも解らん」状態らしい。
 ドウコが見張っている冥界軍の封印は年数的にみても、いつ解けてもおかしくない状態だと言う事だが、それが徐々に解けるのか一気に解けるのかも知らないと聞かされた時、オレが思ったのは「不動で見張る意味があるのか?」という一点だった。
 如何にも他に理由があるようだが今聞き出すのは無理、か。
 そんな事もあり、オレ達は自然と聖戦の相手は冥界軍だと思い込んでいたんだが・・・
「海皇が復活したな・・・」
「えぇ・・・確かに、ポセイドンの小宇宙を感じました」
 何の予兆も無く、その日は訪れた。
 平穏な日常となんら変わらなかったその日、オレとサオリは海から発せられる僅かな違和感を感じ取っていた。
「ゴールドセイントは十二宮にて待機。シルバー、ブロンズは各宮に振り分けゴールドセイントのサポート。私はスニオン岬のポセイドン神殿へ行き様子を見て参ります。宜しいですな?」
 教皇の兜を被ったオレを見るその眼は既に少女であるサオリから女神であるアテナへと変わっている。
「頼みます。供には誰を?」
「そうですな・・・サガとアイオロスで良いかと」
 アテナ至上主義のあの2人ならば何かあった場合はアテナを優先するだろう。
 戻れと言えば素直に戻る筈だ。
 実を言えば、オレもアテナもポセイドンが其処に居る事が解っている。
 正確に言えば地上のポセイドン神殿の真下辺りから、ポセイドンの気配が強く伝わってきていた。
 人馬宮でアイオロスに状況を伝え双児宮で同じ説明をサガにすれば、サガの表情が沈痛な面持ちに変わる。
 スニオン岬。
 其処にサガは近付きたくないらしい。
 無理に来なくても良いと伝えると、アテナのセイントとして私情に流される訳にはならないと己を叱咤する姿を見せられ・・・オレは選択を間違えたのだと思う以外に無かった。
 そしてスニオン岬の下へと到着すれば、其処には数名を従えたポセイドンらしき姿。
「ポセイドン殿であらせられますな?」
「ほう・・・あの小娘も我の小宇宙に気付いたか。しかし出迎えがたったの3人とは我も嘗められたものよ」
 出迎えという訳では無いんだが・・・迎えるよりもお帰り願いたい。
「アテナに置かれましては無益な争いは好まれませぬゆえ、先ず私共が使わされた次第。人数が少なくご気分を害されましたのならば詫びましょう」
「詫びると言うなら腕の1本でも寄越す誠意を見せて欲しいものだな」
 この声は・・・?
 いや、今はコイツの正体よりもこの場で対話に持ち込む方が先だな。
 腕一本で対話に漕ぎ着けるならば安いモノだ。
「っ!教皇!」
「貴様っ!」
「これで宜しいか?シードラゴン殿」
 まさか本当に落とすとは思ってなかったんだろう?
「・・・」
「スケイルの名で呼ぶのは失礼でしたかな」
 血液の流れを遮断し肩の関節を外して引きちぎった右腕を、誠意を見せろと言った男へと見せつけてやれば・・・予想外の事態だったのだろう。
 更に動揺を誘おうとこちらが知らぬ筈のスケイルの名を呼べばオレが何処まで知っているのかと深く被ったヘッドパーツの奥から睨みつけてくる。
「フン・・・腕を落としながらも血の一滴も流さんとは・・・小娘の使者にしては珍しいタイプの男の様だな。して、其方達は使者として我に何を伝えに来た」
「聖戦の回避を」
「ほう・・・それは我に地上の覇権を譲渡すると?」
「いえいえ。ポセイドン殿にはこのまま海の平穏に努めて頂きたく存じます。例え貴方様が地上の覇権を握られてもその加護は・・・海のモノにしか届きませぬゆえ」
 言えばポセイドンの目つきが険しくなった。
 何故、それを知っていると言う顔だな。
「ご兄弟にて守護地が分かたれた折、長兄ハーデス殿の加護は死後の世界へ、次兄である貴方様の加護は海の世界へ、末弟ゼウス殿の加護は天の上の神界と地上へと分かたれ、後に地上のみアテナが守護者となった。貴方様も元は大地への加護をお持ちでしたが今ではその力は失われている。違いますかな?」
「・・・地上への加護を約束出来ぬなら去れ、と?」
「然様にございます」
 これで帰ってくれる訳は無いと思うが・・・
「海龍よ。此度のアテナの目覚めは我との戦いに備えたもの、と申しておったな」
「ハッ。それには間違いないかと」
 いやいや、そこは否定してくれ。
 聖戦は回避したいと言っているだろう。
 それに必要ないなら右腕は出来るだけ早く繋ぎたいんだがな・・・
「もしやとは思いますが、この者達はポセイドン様を謀っているのやも知れません。此処で我らを足止めし、海底神殿を狙っている可能性も十分にございます」
 そんな面倒な事をする訳がないだろうが。
 しかし・・・このシードラゴンを纏っている男のコスモにしろ声にしろ。
 何度確認してもサガとほぼ同じ感じがするんだが・・・
「その様な事はありませぬ。ここに居る双子座と射手座のゴールドセイント以外は全てサンクチュアリを動かぬ様にと指示を出しております。動こうものならアテナへの反逆と捉えますゆえ、勝手に動くモノもおりますまい」
「それが嘘ではないという確証は!」
「・・・シードラゴン殿は争いをお好みか。私の差し出せる命以外のモノでしたら、真実の証としてお渡しいたしましょう」
「教皇!何故、其処までこの者達に譲歩されるか!」
「・・・黙れ。交渉は全て私に一任されている。口を出す事は許さん」
 よく考えろ、サガ。
 命を落とさずに渡せる部位は限られている。
 致命傷になる様な部位を望めばそれは命を望んだ事に繋がる。
 そういった部位を望んだ場合は其処を突いてこのシードラゴンの真意を暴きたいんだよ、オレは。
「・・・そうか。教皇等と呼ばれているが、真の教皇は別に居るのではないのか?替え玉の貴様なら腕が無くなろうが足が無くなろうが聖域に不利益はないだろうからな」
「残念ながら、今の教皇は私以外におりませぬ」
「戯言だ。私が集めた情報では教皇は黄金聖闘士から選ばれる筈。だと言うのに貴様からは小宇宙の欠片すら感じられんではないか」
 ・・・随分詳しく知っているな。
 教皇選定に関しては外部に漏れないようにしていると聞いていたんだが、何処から洩れたのか。
「コスモを持たずとも教皇になる事は可能だと、シードラゴン殿はご存じないようですな」
「ポセイドン様、この様な虚言ばかりを申す者の相手をする必要はございますまい。直ぐにでも聖域に攻め入るべきかと」
「・・・そうだな」
 ポセイドンの同意により海中からスケイルを纏った男達が次々出てくるが・・・ 邪魔だな・・・このシードラゴンを纏った男は。
「然様ですか。ならば、今から私もそちらを交渉相手では無く敵として認識させて頂くが宜しいですな?」
「貴様如きに何が出来ると言うのか」
「シードラゴン殿。一つ、ご忠告致しましょう。私に殺意を向けるのはお止め頂きたい・・・命が惜しくなければ構いませんがな」
 さて・・・この挑発に何人乗って来る事か。
 殺気を放ってもらえれば面倒な戦いをせずに一瞬で済むんだが。
「ポセイドン様、海龍。この奢った者の相手はぜひ私めにお任せを」
「リュムナデスか。余興にもならんだろうが、アテナへの見せしめだ。好きにしろ」
 ・・・1人だけか?
 余程舐められているんだな・・・オレは。
「貴様の愛する者の手で殺して   
「・・・忠告はしたのだがな」
 殺してやる、と思った時点で殺意なんだよ・・・馬鹿が。
 倒す、ならば殺意じゃない可能性もあったんだけどな。
「さて、次は何方が相手をして下さるのか」
 何が起こったのか解らなかったのだろう。
 神であるポセイドンが驚愕する姿、か。
 珍しいものが見れたな。
「其方・・・何をした」
「ポセイドン殿でも見えなんだか。このモノの状態を見れば解るであろう?【右腕】でこのモノの胸を突いたまでの事」
 大地に横たわるリュムナデスの元に近寄り、左手でその胸に突き刺さった右腕を引き抜くオレの姿にポセイドンとシードラゴン以外のモノ達から得体の知れないモノへの恐怖や不快感が伝わってくる。
 この状態でもサガは僅かばかり生きていたんだが・・・コイツの場合は即死、か。
 光速動きを見切れるゴールドセイントですら予備動作が全く無い上に殺意も闘志も無いオレの動きは見切る事が不可能だとドウコも言っていたな。
「コスモが無くとも教皇に選ばれた理由。これでお分かりかな?シードラゴン殿」
 ポセイドンではなく敢えてシードラゴンを指名する。
 コイツさえ片せば、ポセイドンとの交渉再開は可能だろう。
 頑なに聖戦を開戦させようとするコイツさえいなければ。
「双子座、射手座。アテナに伝令を。交渉は決裂。これより・・・ポセイドン軍の殲滅を開始する。サンクチュアリは万が一の事態に備え、全セイントを警戒態勢にせよ、とな」
「教皇!私めも此処に残り、戦いたく   
「お前達が邪魔だと言っておるのが解らんのか、射手座。巻き添えを食いたくなければサンクチュアリまで下がれ。ただでさえ周囲の被害を最小限に抑えなければならぬと言うのにお前達の面倒までは見てられん」
 まぁ・・・1人殺しておいてなんだが、殺しをする場面をコイツ等にも見せたくないってものある。
 それも今から始まるのは一方的な虐殺だ。
 ポセイドン側には子供もいる様だしな・・・早めにシードラゴンが動き、オレに殺意を向けてくれれば良いんだが・・・




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