〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 10



「う〜〜〜〜」
「・・・何を唸っている」
「そろそろ鍋が傷んできたんで買い換えようと思ってんだけどよ。何処のにすっかなと」
 広げられたカタログを見れば・・・値段も随分ピンキリだな。
「高けりゃ良いってもんじゃねぇのは解ってんだけどさ」
 興味はあると言う事か。
 そう言えば・・・
「・・・デス、悪いが夕食を頼んでも良いか?」
「別に構わねぇけど、アンタが自分から言うなんて珍しいな」
「いや、10日程食べていなかった事を思い出しただけだ」
「またかよ・・・って10日?!シュラ!今月はお前の当番だろうが!!」
「オレではない。惰眠期間とオレ達の謹慎期間分、当番をずらすと話し合っただろう」
「すまない、忘れていた。私が当番だったな」
「?何の話か分からないが・・・食材の買い出しついでに必要な道具を一式そろえて構わないから頼めるか?」
「・・・マジ?」
 コイツの給金は殆どが新しい料理の研究やら人に食事を振る舞う為の材料費に消えてるからな。
 それも最近は食べる人数が増えた為にそっちの出費を考えて決めかねているというところだろう。
 本来なら悩む必要の無い事で悩んでるのだから仕方ない。
「但し、自分が使いやすいモノにしろ。後で使えなかった、なんて言うのは御免だからな」
「解ってるって!よし、夕飯期待してろよ!」
「材料費もそこから好きに使って良い。どうせなら他のヤツ等にも振る舞ってやれ」
「よっしゃ!材料費気にしなくて良いなら作ってみたいモンがあったんだよ!」
 カードを渡せば喜び勇んで出て行ったが・・・何処の鍋を買うかよりも何を作るかに思考が変わっていたが大丈夫か?
「なぁ、カミュ。末っ子よりも長男の方が甘やかされる率が高いとオレは思うんだけどさ」
「ミロ・・・それは違うな。真ん中が一番損だと言うだけの事だ」
「真ん中って、オレ達か?!教皇!長男と末っ子だけ甘やかすのはずるいと思います!」
 長男と末っ子?
 流れからすると・・・長男はデスマスクの事か?
「ミロ、お前は確かデスに食事を集っていたな。材料費を一度でも都合した事はあるのか?」
「・・・無いです・・・」
「なら、文句を言うな」
 下に甘えられて突き放せない長男を甘やかしてやって何が悪い。
「しかし・・・私の目から見てもシンは3人、特にデスマスクに対してかなり甘い気がするのだが・・・」
「それは仕方ないだろう?この間話した通り、コイツ等はオレにとって特別だからな。贔屓だと思われようが態度を改めるつもりはない」
「だが!親なら子供は公平に扱うべきだ!」
 アイオロス・・・お前まで何を言い出すんだ・・・
 お前も確かデスマスクに食事を集っていた気がするんだがな。
「デスマスクとてただ甘やかされてる訳では無いさ。勿論、私達もな。なぁ、シュラ」
「アイツは人一倍神経を使っている。皆が思っている以上に」
 そう・・・アイツは細かすぎるんじゃないかと思える程、細かい事まで気にする。
 オレが子供達の健康状態を気にしていた事に対して何だかんだと言っていたが、オレが食事をしなかった事で何度アイツに怒られたか・・・食事は然程必要ないと言うのに。
 他にも少し席を立つだけでも書類は鍵付きの書棚に保管してからにしろやら、オレが此処に迷い込んだのを極度の方向音痴だと勘違いし出歩く時は自分かシュラかアフロディーテを必ず同行させろやら。
 今思えば此処に来た頃はアイツの方がオレの保護者の様だったな。
「そう言えば、さっきの当番って何の当番なんだ?」
「「それは・・・」」
 アイオリアの疑問はオレも気になっていたが・・・オレが居たら言い難い事なのか?
 シュラとアフロディーテの視線がオレに聞かせて良いモノかどうか迷いを訴えているんだが・・・
「オレは聞かない方が良いなら退室するが?」
「・・・いや、反省して貰うためにもオレは聞いて貰いたい」
 反省?オレがか?
「そうだね。ただ、デスマスクには私達が話した事は言わないで欲しいかな。彼に拗ねられても困るからさ」
「解った。この件に関してオレがデスに何か聞く事はしないし、何か問われた時は沈黙すると約束しよう」
「それだとデスマスクにはバレバレなんだけど、貴方だから仕方ないか」
 嘘が吐けない以上、沈黙するしかオレには手が無いんだがな。
「当番と言うのは教皇の見張りだ」
「「「「「「「見張り?!」」」」」」」
 2人以外のこの場にいる7人のゴールドセイント達の声が重なったが・・・そうか・・・オレはコイツ等に見張られていたのか・・・
 まぁ・・・はっきり言えば部外者だからな・・・見張られても仕方が無い・・・
「この人は放って置くと食事も睡眠も忘れるんだ」
 ・・・・・・?
「それに気付いたデスマスクが、3人で交代で見張ろうと言い出した。長期間、食事を摂る様子が無ければ強制的に連れ出せるようにな」
「・・・あぁ、それでか。何故、怒られる度に何日食べていないと正確に言われるのか不思議だったんだが・・・」
「そういう事。貴方があまり食事を必要として無さそうなのは私達も一緒に居て解ってはいたんだ。それでもデスマスクが食べると言うのはただ栄養を取る為だけにする事じゃないからってさ」
「ならば、お前達3人はそれを今も続けていると?」
「サガ・・・先程本人の口から聞いたと思うが10日どころか・・・一度、どれだけ食べずにいられるのか放って置いた時には1ヶ月経っても食事を摂る気配が無かった」
 ・・・確かにそれ位は食べずにいる事もあったな。
 呆れた視線が痛いんだが・・・これはオレが反省すべき点・・・なのだろうな・・・
「だと言うのにアイオリア達の食事の面倒を見ていたって話を聞いた時は耳を疑ったけどね」
「一番、不健康な生活をしているヤツが何を言うのかとな」
「それに、皆もデスマスクが甘やかされた事による恩恵を受けているんだ。文句ばかり言うのもどうかと思うよ」
「何だと?」
「昔から料理の上手い奴だったが、それでも聖域と言う狭い世界では出来る物は限られていた」
「それで時々ぼやいていたんだよ。もっと色んな料理に挑戦したいって。それを聞いたこの人が必要な物があるなら道具でも材料でも揃えてやるから遣ってみろ、ってさ」
 コイツ等は子供の癖に我慢ばかりしていたからな。
 せめて趣味くらいは遣りたいように遣らせてやろうと思ったんだったか。
「つまり、アイツの多彩な旨い料理を皆が食べられるのはこの人がそうやって甘やかしたからという訳。解ったかな?」
「聖域の食事情が良くなったのも、大量に仕入れ過ぎた食材を回したのが切っ掛けだった」
「あぁ!あと各宮に発電設備とガス設備が付いたのも、デスマスクが調理家電を使ってみたいと言ったからだった」
 いや、あれはオレも電気が無い生活が辛かっただけなんだが・・・
「シン、一つ聞いても良いか?」
「何を言いたいか解るが・・・ロス、取り敢えず言ってみろ」
「発電設備とかって、デスマスク1人にどれだけ使ったんだ?」
「・・・そんな細かい事をオレが覚えている訳が無いだろう。それに十二宮の設備に関しては不公平が出ない様に全ての宮に同時に設けている。デスの巨蟹宮にだけある設備と言えば調理場の電気製品くらいだ。それにミロ、カミュ、アル、リア、シャカの希望もオレはちゃんと聞いている。毎年、誕生日に送り主不明のプレゼントがあっただろう?」
「去年もあったな。って、まさか・・・」
「流石に教皇からともオレからとも出来なかったからな」
 ゴールドセイントだからと言う理由だけで教皇が誕生日を祝ってやれる訳もなく、かと言って時々現れるだけの男がコイツ等の誕生日を知っているのはおかしいだろうと思って何も書かずに置いてきていたんだが・・・
「・・・お前達が訝しむ事も無く喜んでいる姿を見た時は将来が不安にもなったものだ」
 10歳にも満たない内は欲しいモノが舞い込んできたのだから仕方ないだろうと思っていたんだが・・・去年も当たり前の様に受け入れていたからな・・・ゴールドセイントとしてもう少し警戒心を持って欲しかった。
「きょーこー、お届け物ですよー、って何しんみりしてんだ?」
「コイツ等が自身の警戒心の無さを実感しているだけの事だ。それより早かったな」
「いんや、アンタへの預かりモノで両手が塞がっちまったから戻っただけだ。アンタどれだけ買い物してんだよ」
「自分で取りに行くつもりだったんだが・・・しかし、何でお前に?」
「若作りの親父さんが末っ子の為にって注文してったんだから、兄ちゃんが持って行ってやれって店の前を通りがかったら言われたんだよ。じゃ、確かに渡したからな」
 両手どころで済む量じゃないんだが・・・そこは流石セイントと言うところか。
 まぁ、タイミングとしては良いタイミングだ。
「サガ、ロス。こっちに来い」
 デスマスクの持って来た袋や箱の中身を確認しながら2人を呼べば、顔に疑問符が浮いている。
 中身を仕分けしている段階で気付いても良さそうなモノなんだがな。
「シン・・・これは・・・」
「お前達2人の日用品やら普段着だ。好みが解らなかったんで無難な所で揃えてみたんだが、サイズは大丈夫だろう?」
「あ、あぁ。しかし・・・多すぎないか?」
「成長期、という訳では無いしな。今までの経験上セイントは動きが激しい分、衣類も傷みやすい。多くて困ると言う事は無いさ」
 10年以上の付き合いだから、まとめて買うと気前が良くなるんだよな。あの店は。
 デスマスクが持ち帰ったモノの半分を仕分けた所で2人の顔に困惑が浮かび始めた。
「一つ教えてやろうか?」
「「?」」
「全体的に見れば確かにブロンズ達が末っ子に当たるが・・・デスが店のヤツに言われた末っ子ってのはブロンズ達の事じゃないんだ」
 コイツ等2人は予想すらしていないだろうけどな。
 なにせ、年齢だけは最年長だ。
「ゴールドだけで見れば、お前達2人が末っ子なんだよ。オレにとってはな」
「なっ・・・」
「オレとサガが・・・末っ子?」
「此処にあるのは全部お前達2人の分だ。衣類棚等の家具も頼んである。これから13年分、甘やかしてやるから安心しろ。親は子供を公平に扱うべき、なんだろ?」
 自分が言った言葉だというのに、アイオロスは随分と複雑な表情を浮かべている。
 だって仕方が無いだろう?
 オレにはお前達が14・5の甘えを知らない子供のままにしか見えないんだからな。




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