〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 06



「彼が鳳凰星座の初代聖闘士となった一輝か」
「あぁ。暫くはサンクチュアリに居てくれる事になった。居住区はセイヤ達と一緒で良いよな?」
「オレは何処でも構わん」
「そうか。ならば手配しておこう。それよりも・・・教皇。少し話があるのだが」
「・・・悪いが、オレは無い。そろそろデス達も帰って来る頃だろうし、後にしないか?」
 サガがオレを教皇と呼ぶ時は決まってオレにとって良い事は無い。
 早くアイツ等が帰ってきてくれれば有耶無耶に出来そうなんだが・・・まさか寄り道を先にしているんじゃないだろうな・・・
「戻って来た時はそちらを優先させる。教皇に一つ確認したい事があるのだが時折、いつの間にか誰にも知られずに教皇宮から姿を消しているのは先程の様な事をしていたからか?」
 先程・・・火時計の事・・・だろうな・・・
「・・・それ以外に無いだろう」
「何故、あの様な事をする」
「十二宮を通れば人目に付くだろうが。気配を消して存在を薄くしても子供だったゴールド達に気付かれたからな。アイツ等に気取られないルートがあそこしかなかっただけだ」
 十二宮を守護するモノとして育てられていたアイツ等は自分の宮を通る気配に過敏になっていた。
 例え夜中でも起きるモノだから、アイツ等を起こさないルートを探しに探して・・・全てを見渡せるあの場所が、最善だった。
「・・・火時計の亡霊、という話しを聞いた事はあるか?」
「兵達の間で噂になっているヤツだな。確か真夜中に火時計の上にフッと人影が現れて一瞬にして消える。それを目撃したヤツは恐ろしい目に会うとか何とか」
 オレは見た事が無い上に変な気配を感じた事も無いから聞き流していたが、サガが気にすると言う事は何かあったのか。
「正確に言えば亡霊を目にしたモノはその後、何処からともなく現れた男に飲みの誘われ、酔い潰されて意識を取り戻した時には男の姿は無く、聖域中を探しても該当する男が居ない事から亡霊と飲んだ恐怖に襲われると言う話しだ」
 酔いつぶれるまで飲みに・・・何処かで似たようなシチュエーションがあったと思うんだが・・・
「貴様は抜けた出した時に何をしていた」
「兵達からサンクチュアリの情報を集める為にヤツ等と飲んでいたな」
 ・・・ん?
「配下の者を恐怖に貶める教皇が何処に居る!」
「あぁ、オレか。亡霊の正体」
 サガに指摘されるまで全然気付かなかった、と言うか正確な噂を知らなかったからな。
 それよりもコイツは蘇ってから半月でよくもまぁこんな噂話まで仕入れたものだ。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花って所か。しかし・・・酒を奢ってやったと言うのにオレを亡霊扱いとは酷いな・・・」
 口を軽くさせる為に結構上等な酒を奢ってやっていた筈なんだが。
 それにもう10年以上も同じ事をしているのだから、オレの誘いに乗るヤツは噂を知っていて乗ったと言う事だろう?
「・・・オレは何故、この件でお前に怒られる必要があるのか理解出来ないんだが」
「アテナが帰来されたと言うのに未だに亡霊が出ていると訴えがあったからだ。アテナの力も及ばない冥王の使いなのではないか、とな」
「馬鹿が旨い酒を飲んだ代わりにペラペラ喋ったものだから後ろめたくなっただけだろう。そんな訴えは却下しろ」
 性悪女神への忠義の篤い者ほど、情報は洩らさなかった。
 情報を漏らしてしまった者は性悪女神の帰来に慌てて自分の失態を無くしたいと思い、サガに訴えたって所だろうな。
「ついでに言えば、オレは止める気は無いからな。これでも結構、兵達の査定に役立つんだ。職務中に誘いに乗るか否か、何処まで情報を漏らすヤツなのか、ってな」
「査定・・・?」
「あぁ、飲んだヤツ等の事は所属・階級・名前など全て覚えている。ついでに仕事上での愚痴も聞けるからヤツ等の上官達の査定も同時に出来る上に、仕事内容が向いていないと判断出来れば配置転換にも役立っている」
 何だその意外そうな顔は。
 オレがただ飲み歩いているだけだとでも思っていたのか?
「一度、訴え出たヤツ等の経歴を確認してみろ。オレの予想では全員降格処分を受けている筈だ」
「・・・直ぐに確認しよう」
 出来れば訴えがあった時点で、訴え出たヤツがどんな人物なのかを確認して欲しかったんだが・・・身体は成長させていても死んだ時が15だったのだから仕方のない事か。
「で、コソコソを覗いているのは誰だ?」
『ホッ!気付いておったか。偽物の割には中々のものじゃな』
 こんな解りやすい視線に気付かないヤツが・・・って今頃見回してるって事はオレ以外気付いて無かったのか・・・
「オレが偽物だと初めから知っていた様だな」
 オレの目の前に水鏡が現れ、中には1人の老人が映っていた。
『解らいでか。殺された教皇とワシは先の聖戦で共に戦った黄金聖闘士の生き残りじゃ』
 それは・・・ばれない方がおかしいか。
 確か先の聖戦と言えば243年前・・・随分長生きだな・・・
「一つ訂正させて貰うが、偽の教皇だったのは半月前までの話だ。今は脅されて続けているに過ぎない」
「脅したとは人聞きが悪い事を言いますね」
「サガを盾にしただろうが」
 これを脅しと言わずに何を脅しと言うんだ。
「で、偽物の教皇を放置していた理由を教えて貰おうか、ライブラのドウコ」
『ワシは先の大戦の折にアテナより与えられた勅命により此処から動けぬ』
 動けない、だと?
 性悪女神に視線を向ければ何やら考え込んでいる。
 200年以上も前とはいえ、勅命を忘れたのか・・・この女は。
「友の死より勅命を優先する、か。ま、セイントとしては間違ってないんだろうが・・・」
 オレとコイツは性格的にも合わないだろう。
 それが先の教皇の望みだったのだとしても・・・
 今、此処に居るセイント達には神の言葉に従うだけの人間にはなって欲しく無いものだ。
『お主は何故、先の教皇を殺し成り代わった』
 ・・・13年前の事件の真相を詳しくは知らないと言う事か。
「ま、教皇をやる事になったのは成り行きって奴だ。殺した事に関しては・・・オレは自分に殺意を向けられると意識する前に相手を殺してしまう性質なんでな」
 ドウコの言っている教皇とオレの殺した教皇は別人だが、まぁそこは勘違いさせたままにしておこう。
 説明するのも面倒だ。
「こればかりは自分でも抑えようが無い。だからアンタもオレには殺意を向けないでくれるとありがた   
『って、ジジィ!テメェは人の話を聞いて無かったのかよ!』
 この声は・・・デスマスク?
「・・・無事、か?」
『何とかな。水鏡越しだったのが幸いしたな、ジジィ』
『いやいや、まさか水鏡から直接手が出て来るとは思わなかったもんでな』
 ホッホッホッ・・・って笑う所じゃないだろう・・・
 そうか・・・水鏡を変換する際のタイムラグでアイツが間に合ったのか。
『しかし、恐ろしいのぉ。迷い所か、ワシを殺そうとしたお主からは何も感じられなんだ。あれではコヤツがおらんかったらワシも死んでおったじゃろうな』
「だから殺意を向けるなと言っただろう。何で此処のヤツ等は人の忠告を無視するんだ・・・」
 デスマスクが動く事が出来たのもサガを殺した時のオレを見ていたからだろう。
 それにデスマスクの前でオレはサガを殺す前にコイツ等と一緒に現れた兵達も殺しているからな。
『お主・・・本当に人か?よもやとは思うが、魔星を持つ者ではあるまいな?』
「マセイ?」
 人かどうか、なんて聞かれてもな。
 器は人だがオレ自身は何なのか、自分でも解らない。
 自分をコレだと言い切れる表現を、言葉を、オレは持ち合わせていない。
『魔星を知らぬか・・・ふむ、知らぬ振りをしているのか、封印が完全には破れておらんから魔星として目覚めておらぬのか判断しにくいのぉ』
「童虎・・・貴方はシンがハーデスの冥闘士だと言うのですか?」
 スペクター?
 何だそれは。
 ハーデスと言えば先の聖戦の相手だった筈だが。
『その可能性は十分にありますぞ、アテナ。冥闘士は魔星を宿すと共に己の使命に目覚め、ハーデスに忠実な闘士となりますゆえ・・・ご油断召されるな』
 あぁ・・・なんだ。
 友の死にも動かないなんて思って悪かったな。
 友を殺したであろうオレがサンクチュアリの、後輩の、大事なアテナの傍に居るのが不安でならないのか、アンタは。
 そうか・・・
「ドウコ、オレは人の想いに強く左右される性質なんだ」
『む?急に何を言う』
「だから殺意を向けられれば、その相手を殺してしまう。頼られればそれに応えようと思ってしまう。好意を持たれればオレも好意を持ってしまう。今、アンタから強い想いがオレに向けられている事にアンタは気付いてないだろうが・・・これで此処は護られるんだよな?」
 アイツ等の想い以上に、ドウコから向けられる想いはドウコが生きてきた年月と同じだけ、ドウコが友を、此処を、セイントを、アテナを想う分だけ・・・重い。
 ・・・ドウコは心の底からオレに大切なモノ達の傍から居なくなって欲しいと、大切なモノ達を護る為にも死んで欲しいと   今は殺意も懐かずに願っている。
 五感が弱まる器の耳から微かに悲鳴や怒鳴り声が聞こえた気がする。
 こうなると、アイツ等と交わしたばかりの約束を破る事になるか・・・
 此処に来てからは初めての事ばかりだった。
 殺した相手を蘇らせたのも。
 殺意を向けてきた相手を殺せなかったのも。
 一度交わした約束を破る事になったのも。
 この器の活動が停まったら、さっさと次の器に宿ってこの世界からは消える事にするかな。
 いや・・・アイオロスの魂だけは戻して遣らないとならないから、その時だけは此処に忍び込む必要があるか。
 その時はドウコに気付かれぬ様に上手くやれると良いんだがな・・・




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