〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 22



 冥界から地上へと繋がる螺旋階段。
 普段ならばこの様なモノを一段一段上る様な面倒な真似はしないんだが・・・今は少しでも時間が欲しかった。
 どれだけ時間を稼ごうと思っても、足を進めればそれだけ先に進んでしまう。
 階段を登り切り、地上でのハーデスの城とも言える場所から出れば・・・これから向かう方角からなじみ深いコスモが伝わってくる。
 これから向かう場所   サンクチュアリへとこの姿で戻った時。
 そこに居るモノ達から向けられる感情を思うと、気が重くなる。
 そんな事を考えているオレの後ろからは双子神と三巨頭、そしてパンドラが付いて来ていた。
「・・・来るのは構わないが、万が一にも手を出してみろ。その時は」
「言われずとも解っている」
「手は出さん。が、聖域の者達がハーデス様の身体を傷付けないという保証は無い」
 万が一の時はこの器を   ハーデスの身体を護ろうとしている訳か。
 まぁ、コイツ等が聖域に居る者達を傷付けないならば、コイツ等がどうなろうと知った事じゃない。
 オレにとっての当面の問題はこの器がハーデスである以上、サンクチュアリにいるモノ達から向けられるであろう憎悪の念。
 彼らを敵として見ない為には一時も気を抜く事は出来ない。
 器を宙へと浮かべて向かえば、不可視の結界を肌で感じる事が出来た。
 この器を   ハーデスを拒んでいるのだと。
 このまま結界を無視して進むのは拙いだろう。
 オレはサンクチュアリに敵対しに来たわけじゃない。
 それを解って貰う為にはどうしたら良いのか。
 サンクチュアリを前にして動かなくなったオレに、背後からは苛立ちが伝わってくる。
「・・・やってみる、か」
 アテナでなくても、サンクチュアリに居るモノならば誰でも構わない。
 ハーデスのコスモに気付き、オレが、ハーデスが此処に居るのだと認識さえしてくれれば。
 オレの内側で無意味にもがいているハーデスの魂に干渉し、そのコスモを器の外へと溢れさせる。
 冥界で溢れさせた時とは違い、辺りを重い空気が包み始めた。
 同時にそのコスモと結界が干渉し合い、結界の内部が見え始める。
 ・・・あまり、ハーデスのコスモは地上で使うモノじゃないな。
 これがオレにだけ見えているなら問題は無いが、どうやら後ろに居るヤツ等にも結界の内部が見えている様だ。
 女神殿へと姿を現したアテナと視線が合い、他のモノ達も此方を認識した事を確認してコスモを収める。
 コスモが消えた事により再び結界はその力を取り戻しサンクチュアリの内部が見えなくなったが、内側からはオレの事が見えている筈。
 そのままサンクチュアリと外界の境へと移動すれば、多くの気配が結界の内側に集まり始めた。
 尤も外周に近い場所にいる雑兵達。
 そしてブロンズセイントにシルバーセイント。
 最後にその場に気配を現したのはサンクチュアリの中心部に座するゴールドセイント達とアテナ。
 この器がハーデスであると知っているアテナやドウコからは強い警戒の念と共に戦いを齎すモノへ対する憎悪が向けられている。
 目の前にある結界にアテナのコスモが干渉したかと思えば、ハーデスのコスモが干渉した時とは違い、目の前の一部のみがその内側を露わにした。
「ハーデス。まさか貴方自身が聖域に乗り込んでくるとは思いませんでした」
 アテナの発する言葉に集まっていたモノ達の警戒心と敵意が増した。
 解っていた。
 この器で此処に来ればこうなるだろう事は。
 はっきり言えば、これだけの感情を向けられると既に限界に近い。
 少しでも気を抜けば、オレは目の前にいるコイツ等すら   オレが守ろうとしたモノ達すら敵として見てしまうだろう。
 だが、逃げる事は出来ない。
「・・・アテナよ。余は争いをする為に此処へ出向いたのではない」
 此処でオレは【冥王ハーデス】として振る舞い、アテナの理解を得て話し合いの場を設ける必要がある。
 周囲を欺くのはこの13年で慣れている。
 【オレ】の中に【教皇】が存在したように。
 今度は【オレ】の中に【冥王ハーデス】を存在させればいい。
 一度軽く目を瞑り、周りの感情に引き摺られぬようにと自分を落ち着かせ再び目を開く。
 ともすれば、視界の中にオレが尤も護りたい3人の姿があった。
 器に力をなじませる為に人の時間でどれだけの時が経ったのかは解らないが、前の器で最後に目にした時と変わらぬその姿が。
 だが・・・3人からは何も感じる事は出来なかった。
 人の感情は完全に無くすことは不可能だと言うのに。
 警戒も。
 憎悪も。
 敵意も。
 負の感情が一切伝わってこない。
 それどころか    
「帰ってきたら、なんて言うんだっけか?」
 一歩、また一歩と、他のゴールドセイント達が止めるのも聞かずに近づいてくる。
「俺達にそれを教えたのは貴方だろう」
 信じられなかった。
 次々とその口から発せられる言葉が。
「器が変わった程度で貴方を見間違えるほど、私達は馬鹿では無い」
 何故、解った?
 この器はハーデスの真実の肉体。
 前の器との共通点は何もない。
 誰が見ても、解る訳がない。
「戯言を」
「オレ等を見くびるんじゃねぇってんだよ!この馬鹿教皇が!」
 ・・・本当に、オレだと解ってくれているのか。
 神ですら認識する事が出来なかったオレの存在を。
 だか、このままではハーデスとしてアテナと対話する事が    
「最初は、な。アンタの器が消える原因になった冥王と冥界軍が来たって聞かされてよ、オレらも遠目で見た時は解らなかった」
「だが、どれだけ器が変わろうとも、ふとした仕草など変わらないものもある」
「貴方は大事な決断をする時は必ず一度瞼を閉じる。そして・・・決定的なのは私達を見た時の眼だ。あの眼差しは幼い頃から私達に向けられていた貴方の眼差しそのものだった」
    コイツ等を前に、偽り続けることなど出来ない、か。
 いや、本当の意味でオレを見てくれているコイツ等にそんな事が出来る訳がない。
「・・・デス・・・シュラ・・・ディーテ・・・・・・今、戻った」
 此処のモノ達を偽ろうとした【冥王ハーデス】は、【オレ】簡単に押し戻されていた。
 同時に、この場に集まっていたモノ達がざわつき始める。
「ったくよ。器が必要だったにしてもそりゃねぇだろ」
「全くだ。まさか冥王の身体を次の器にするとはな」
「約束を大事にしている貴方なら、前教皇をあのままにしたりはしないだろうと思ってはいたけどね」
 紡がれ続ける3人の言葉に、アテナとゴールドセイント達が目を見張る。
「・・・これが最善だった。オレがハーデスの器と魂を手にしてしまえば、冥界軍は無暗矢鱈に地上へ害を加える事は出来なくなる。戦いが起こらなければお前達が傷付く事も無い・・・例え、オレが此処に戻れなくても、な」
 そう、お前達がオレがオレなのだと気付いてくれただけで十分だ。
 共に居られずとも、冥界で冥界軍に対する楔になる事でお前達を護る事は出来る。
「此処には居られないって?好きなだけ居れば良い。貴方があの器と引き換えにしたお蔭で、あの戦いでの死者は1人も出なかった。雑兵に至るまで、ただの1人もね」
「尤も俺達に一言も無しに消えた事は頭に来たがな。デスマスクに代わりに謝られたところで意味が無い」
「心配すんな、なんて言い切れねぇけどよ。良いじゃねぇか。アンタは此処の教皇で海界の8人目の海将軍で冥界の王・・・ってアンタ、何気に地、海、冥の三界でそれなりに権力持っちまって最強じゃね?」
「いや、流石にシーサーペントは」
 この器に入っているオレを対とは思わないだろう。
 そう3人に告げようとした時、火時計の頂で何かが光ったかと思えば、それはオレの器へと纏わりつく。
「・・・お前も待っていたと言うのか?」
 ポセイドンから渡されたシーサーペントのスケイル。
 オレの前の器が消えた事で海界へ戻っていると思っていた。
「教皇、其の方が戻った事は目出度いが・・・愚兄の姿で我が鱗衣を身に着けられると違和感を覚えるな」
 背後から聞こえてくる声。
 アテナと同盟を結んでいる以上、連絡をしていない訳がない、か。
「ならば、シーサーペントに離れる様に言ってくれ」
「それがな。大海蛇の鱗衣は何故か我の言葉を聞かぬのだ。其の方はもう居ないのだと何度諭そうともあの場から動こうとせずにいたのだからな。それで愚兄は如何した」
「オレの中に魂を封じた。オレの意思が無ければ出て来る事は出来ない。そして冥闘士達に対する牽制の意味も含めてハーデスの身体を器にさせてもらった。オレに逆らえばハーデスの身体が傷付くのだと思い知らせる為にな」
 と口にすれば、笑顔でありながらも心を怒りに染めたデスマスク達が近寄ってくる。
 何をするのかと様子を見ていれば、ハーデスの衣に徐に手を掛けた。
 その仕草に三巨頭を筆頭としたスペクター達の警戒が強まるが・・・
「こっっっっっっっっっっっっの、大馬鹿野郎が!」
 先程の馬鹿教皇以上の大声が辺りに響き渡る。
 警戒を強めていた三巨頭も呆気に取られる始末。
 それにしても何故気付かれたのだろうか。
「テメェの事だからもぎ取った腕は残してんだろ!ならサッサと繋げ!!今すぐ繋げ!!!この馬鹿が!!!!」
「だがな」
「だが、では無い!敵を牽制する為とは言え、同じ愚行を繰り返すならデスマスクの言う通り馬鹿で十分だ!」
「尤も貴方が私達のトラウマを深く抉りたいと言うなら、そのままで構わないけどね」
 ・・・此処で喜んでは拙いのだろうな。
 コイツ等はオレに対して怒りを向けていると言うのに、オレの中にコイツ等に対する怒りが生まれて来る事が無い。
 理由は解っている。
 コイツ等から向けられている怒り以上に、オレを心配する思いが伝わってくるからこそ、オレは怒りを懐かずに済んでいる。
「・・・治せば良いのだろう、治せば」
「「「さっさとやれ」」」

 冥界に置いてきた左腕を呼び寄せ、繋ぎ直せば・・・何故か双子神や三巨頭達から敬意の念がデスマスク達に向けられていた。




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