〜言の葉の部屋〜

偽りの教皇 20



 巨蟹宮から再度サンクチュアリ内部の気配を確認したが、残っているのは白羊宮の入り口にあるモノだけとなっていた。
 オレ1人で戻るつもりだったんだが、ついてくると言ってきかないデスマスクを連れてドウコの元へと戻る。
 コスモとコスモの鬩ぎ合い。
 実際にこの目で見たのは初めてだが、これが千日戦争と言われる状態なのだろう。
「ドウコ、全て片が付いた。そいつも始末して良いか?」
「・・・コヤツはワシが最後まで相手をするつもりだったんじゃがな」
「このままではアンタもその身が危うい。ならば、オレが相手をするのが最善だ」
 ドウコから目の前の男に向けられる思いは複雑だった。
 親しみ。
 無念。
 怒り。
 悲しみ。
 入り混じった諸々の思い。
「・・・アンタの知り合い、なんだろう?」
「牡羊座のシオン。前教皇にしてワシの親友でもあった」
「そうか。なら、今度こそオレはアンタの親友を殺す事になる。恨んでくれて構わない」
 ドウコは親友を己の手に掛けようとしていたのか。
 そこまでの決意を邪魔して悪いが聞いてしまった以上、尚更アンタにやらせる訳にはいかない。
「ほざくな、小僧が。童虎を始末した後に貴様も始末してくれる」
「小僧、か。オレから見ればアンタ達は赤ん坊以下なんだがな」
 鬩ぎ合っているドウコとシオンの力の間に左腕を差し込む。
 何をするつもりなのかと集まる視線の中で、双方のコスモを無効化してやればシオンだけでなくドウコまでもが呆気にとられていた。
「オレはコスモの無効化は得意なんだ」
「そういや、ポセイドンの小宇宙も無効化したんだったよな」
 小宇宙が無ければ神もセイントもスペクターも唯の人間同然。
 つまりはオレに勝つ術は全くなくなったと言える。
 元は教皇でありながらもハーデスの手先としてサンクチュアリに乗り込んで来た男がこれから如何動くのかと見やれば、不思議な事に悪意は全く伝わってこなかった。
 伝わってくるのは・・・
「・・・アンタは何故、アテナを心配している」
「っ!?」
「ハーデスの手先だと言うのにおかしな話だな。まぁ、心配は不要だ。サンクチュアリに乗り込んで来たスペクターはアンタが最後な上に、オレはこれ以上ハーデスに手出しをさせるつもりは無い。敵である以上始末するが、言い残す事はあるか?」
 オレの言葉に前教皇   シオンだったか   は戸惑いを見せた。
 やはり何か考えがあって此処に来た様だな。
「きょーこー、アンタ温情掛け過ぎだっつーの。敵ならさっさと始末すりゃいいだろ」
「教皇だと!?」
「あぁ、言っていなかったか。オレはアンタを殺した男を殺して教皇になった。今はアテナから続けるようにと言われてついている座な上に、何故かポセイドンからスケイルまで渡されてしまった身だがな」
 オレが教皇だと知ったシオンから迷いが消えた。
 強い決意。
 それだけが今のシオンには残っている。
「そうか。教皇がいるのならば、貴様に伝えれば私の役目は終わる」
「教皇以外には伝えられない内容なのか?」
「そうだ」
 シオンに攻撃の意思はない。
 そうデスマスクとドウコに伝えその場から距離を取って貰えば、シオンは【アテナの聖衣】について語り出した。
 代々教皇にのみ伝えられてきたその在処。
 そしてアテナの聖衣を蘇らせる手段。
「・・・聞いておいてアレだが・・・オレはあの我儘女神を戦わせる気は無い」
「ハーデスを相手にそれは無理だ」
「無理じゃないさ。この後・・・オレはハーデスを封じに行く」
 消す事も考えたが、ハーデスが消滅してしまったら冥界がどうなるか解ったモノじゃない。
 万が一にもハーデスの消滅と共に冥界にも異変が起これば、それは地上にも影響を与える事になるだろう。
 リスクを最小限に抑える為にも、アテナが過去幾度もそうして来た様に封じてしまうのが一番だ。
 ただし、オレの封印はアテナの封印の様な生易しいモノではないが。
「だからアンタは安心して眠っていてくれ・・・アリエスの中で」
「何をっ!」
 ハーデスはコイツを生き返らせた訳じゃない。
 屍に再び魂を押し込み、死人として動かしているに過ぎない。
 だが屍と魂が揃っているこの状況はオレにとって好都合だった。
 双方が揃っていれば、蘇らせる事が出来る。
 ・・・サガの心の重荷を少しだけだが軽くしてやる事が出来る。
「再びアンタの魂を使われたら面倒だからな。遺体も修復しておいてやる」
 シオンの答えを聞かずにその肉体から魂を抜き取れば、魂を失った肉体は元の屍に戻る。
 崩れ落ちるさまを見たドウコから痛々しい思いが伝わってきたが、その遺体を力で覆ってやればオレが何をしようとしているのかがデスマスクには解った様だった。
「敵じゃなかった、って事かよ」
「あぁ。このシオンという男は根っからのセイントだった。敵に与した振りをしてまでアテナの力になろうとするくらいにな」
「そうじゃったのか・・・ワシはシオンを信じきれなんだ。情けないのぉ・・・」
「謝りたければ、蘇った時にでも面と向かって謝ってやれば良い」
 シオンの身体を白羊宮に運び込み、3人で金牛宮へと向かう。
 ムウに事情を説明すれば、あっさりとクロスへシオンの魂を宿す事に同意してくれた。
「それで、アルデバランの事ですが・・・」
「コスモで治療を施しても効果が無い、と言いたいんだろう?」
「そうです。これでは・・・」
 当たり前だ。
 無駄だと説明して遣りたかったが、それをすれば止められるに決まっている。
 今からオレがする事は・・・デスマスク達を更に後悔させる事になるのだろうが、オレにはこれしか手段がない。
「デス、シュラとディーテに謝っておいてくれ」
「は?」
「傷付いたモノを癒し、サンクチュアリへの脅威を無くす。その双方を効率よくする為には・・・これしか思いつかなかったんだ」
 次にオレが此処に来た時、お前達はオレだと気付いてくれるだろうか。
 金牛宮にデスマスクとドウコ、そしてムウとアルデバランを残して火時計へと跳躍する。
 此処ならば誰に邪魔をされる事も無い。
 サンクチュアリの傷付いたモノ達へと散らした力を再び上空へ集めれば、放った時とは比べモノにならない大きさへと育っていた。
「・・・結局、右腕は繋ぐことが出来なかったな」
 海界から右腕を呼び寄せれば、形は成し始めているモノの繋げるには未だ不完全。
 だが、最後位は本体と一緒にいさせて遣るべきだろう。
 上空に集まった光は真っ直ぐにオレへと下りて来る。
 視線を下に向ければ、此方を見つめながら必死に十二宮の階段を駆け上るデスマスクの姿が見えた。
 そこから少しづつ上にずらして行けば、各々の宮からゴールドセイント達が何をするつもりなのかとこちらを見ている。
 シュラとアフロディーテの顔には・・・オレが何かをしようとしている事が解っているのだろう。
 悲しみと悔しさが浮かんでいた。
 やはりオレはお前達を傷つける道しか選べない様だな。
 最善を尽くしているつもりが、お前達にとっては最悪の道を選んでしまっている。
 そう解っていても、己の行動を止めるつもりは無い。
 光が器を覆えば、器の各所から血飛沫が舞い散った。
 骨が折れ、砕ける音。
 片方の眼球は潰れ、内臓まで達する深い傷。
 この全ては、今回の戦いでオレが最初からいれば負わなくて済んだ傷。
 オレを気遣った優しいモノ達が負った傷。
 再生が追いつかない程の傷を負うだろう事は解っていた。
 本来ならば、お前達の目に映らない場所で消えるべきなのだとも解っていた。
 解っていても・・・お前達を、この地にいるモノ達を見ていたかった。
 例えもう一度、此処に戻ってくるのだとしても。
 オレが器を失う事を悲しんでくれるモノがいるのだと、ただそれをもう一度実感したかった。
「この・・・馬鹿野郎が!」
 足を止め、此方に向かって叫ぶデスマスクに下から追いついたムウとドウコ、そして傷の消えたアルデバランが何か声を掛けている。
 サガ・・・お前も心配してくれるのか。
 器とオレの結合が弱まってゆくのを感じながら、器の視界でとらえられる限りの姿を見つめ続ける。



 さぁ、これから最後の仕上げが待っている。


 今回の原因を作ったモノ達への報復が。


 貴様らにも大切なモノを奪われる痛みを教えてやろう。


 最も残酷な方法で。




← 19 Back 星座の部屋へ戻る Next 21 →