〜言の葉の部屋〜

半神の願い scene-28



 目の前には2つの映像が流れていた。
 一方は母と手を繋ぎ、当てもなく彷徨い歩く幼い自分。
 一方は姉に背負われ、孤児院へ帰る幼い自分。
 そのどちらもが己の記憶であると認識すると同時に、それが有り得ない事であるとも理解した。
 幼い自分はどちらも同じ年頃。
 何よりも母と姉と自分の3人で過ごした記憶は1つも無い。
 この矛盾した記憶は一体何なのだろうか。
 そんな疑問を置き去りに、記憶は流れ続ける。

 母が死に、気付いた時には孤児院の前に居た。
 そこで出会った者達との貧しいながらも幸せな記憶。

 姉と引き離され、大きな屋敷へと連れて行かれた。
 そこで後に血の繋がった兄弟だと知る事になる者達と出会い、各々が聖闘士になるべく修行地へと送り出された記憶。

 どちらの記憶が、自分の本当の記憶なのだろうか。
 悩み始めた頃に記憶の中の少年が姿を現した。
『星矢』

 名を呼ばれると共に違和感が襲い掛かる。

    違う。彼は自分をそんな名で呼んだりはしない。

『テンマ』
    違う。彼は自分をそんな名で呼んだりはしない。

 目の前に現れた2人の少年。
 自分にとって、とても近しい少年達。
「なぁ、アローン。お前は誰を呼んでるんだよ」

 目の前の少年は答えない。

 只々、その口からは己を呼ぶであろう名が紡がれる。

「なぁ、瞬。お前は誰を呼んでるんだよ」
 目の前の少年は答えない。
 只々、その口からは己を呼ぶであろう名が紡がれる。
『星矢』

「違う!」

『テンマ』
「違う!」

 その度に、その呼び掛けを拒絶する。
「アローン!違うだろ!オレは星矢じゃない!」

 その言葉に少年の   アローンの顔が歪む。

「瞬!違うだろ!オレはテンマじゃない!」
 その言葉に少年の   瞬の顔が歪む。
『違わないよ。君は星矢だ』

 悲しげな表情でアローンは告げた   お前は星矢なのだと。

『違わないよ。君はテンマだ』
 悲しげな表情で瞬は告げた   お前はテンマなのだと。
「違う!」

 叫びと共に2人の少年の姿が消えた。
 代わりに現れた2つの人影。
『星矢』

「違う!お前と戦ったのはオレだ!」

 何故?

 何故、敵である男   アイアコスが自分の名を呼ぶのか。

『天馬星座』
「違う!お前と戦ったのはオレだ!」
 何故?
 何故、兄弟である男   紫龍が他人行儀に自分を呼ぶのか。

 拒絶の言葉を吐き出すと、2つの人影は消え、再び新たな人影が現れる。
『星矢』

「何で・・・何でお前がそんな声でオレを呼ぶんだよ・・・」

 窘める様な声で己の名を呼ぶ輝火。

『天馬星座』
「何で・・・何でお前がそんな声でオレを呼ぶんだよ・・・」
 呆れた様な声で己を呼ぶ一輝。

 彼らが消えると今までとは違い、4つの人影が現れる。
「あっ   
 彼らの名を呼ぼうとするが、声は続かなかった。
 彼らは   誰だ?
 自分は確かに彼らの名を知っている。
 だが、その姿を目にした時に2つの違った【記憶】が流れ出す。
 記憶と重なる彼らを、自分は何と呼べば良いのだろうか。
『何時まで寝こけてんだよ』
 那智、それともユンカース?
『さっさと起きろ』
 激、それともダグラス?
『全く。だらしないザンスね』
 市、それともカーチス?
『皆が心配しているぞ』
 蛮、それともプレリオ?
 解らない。
 彼らにとって自分が【誰】なのか。
「オレは・・・オレはっ!」
『『星矢っ!』』
 答えの出ない自問の中、大切な人の声が聞こえた。




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