〜言の葉の部屋〜

半神の願い scene-22



 異次元へ渡るなどと言う前例のない力を行使するにあたり、周囲への影響も考えて女神殿の前で開けた道の出入り口では待つ事しか出来ない黄金聖闘士達と共に、一輝と紫龍が待ち構えていた。
「収穫はあったのかの?」
「・・・アイツが嘘を吐いていないならば、な」
 アスプロスが受けた彼の印象は明らかに違っていた。
 先の聖戦で戦った時と然程変わりのない態度ではあったが、野心と言っても良い瞳の奥の暗い輝きが無くなっていた。
 それだけで全てを信じた訳では無いのだが、今は他に手段が無い。
 現世から切り離された空間から戻った4人の双子座の手には、カイロスから渡された彼の力の欠片があった。
 己の手の中にある力の欠片が、どの様な力を持っているのかも解らないが現状として他に試せる術もない。
 が、カイロス曰く、その力をこの4人が使っても意味が無いのだと言う。
 どの様に使えば良いのかと聞いてもカイロスは「使える奴に渡せば解る」としか言わなかった。
 己はそれを受け渡す事しか出来ない事実が歯痒い。
「一輝。冥闘士としての過去の記憶に星矢の前世   テンマという少年の存在もあるのだったな」
「ある。数える程にしか対峙した事は無かったが・・・輝火が護りたかった存在とテンマが助けたかった存在は同じ者だった」
「ならば、お前達で間違いないだろう」
 星矢とその前世であるテンマ。
 その2人と同じ時代を共にした魂の持ち主でなければ使えぬ力なのだと、カイロスは言っていた。
 言葉と共にサガが一輝の手をとり、何かを渡すかのようにもう一方の手を一輝の手の平に添えれば、一輝の中にサガのものとも自分のものとも違う何がが流れ込んでくる。
「これは・・・?」
「それが今の状況から星矢を助ける為の力の一端だ。お前だけでなく後3人、お前と同じ様に過去の記憶を持つものが必要となる。あの男は星矢の兄弟達の時間を弄ったと言っていた。紫龍、お前も一輝の様に前の聖戦での記憶が蘇っているのか?」
「・・・ある」
 サガの問い掛けに紫龍は一呼吸おいてから答えた。
 自分の視たものが真実なのか。
 一輝同様に確かめたくて教皇宮まで上って来たが、確認する前に4人が戻ってきてしまったが為に聞くタイミングを逃してしまっていた。
 余りにもな内容の為に、出来るならば夢の中に出てきた人物にだけ話を聞きたかったのだが、全員の視線が向けられている現状そうもいかないと判断し、重い口調で己の視た夢の話をし始める。
「・・・冥闘士でありながら人として死んだ男がいた。名を水鏡」
「水鏡、じゃと!?」
 その名に真っ先に反応したのは童虎だった。
 他の先代達はその名に覚えが無いらしく、童虎に説明を求める様な視線を送っている。
「紫龍、その名に間違いはないのじゃな!?」
「・・・はい」
「そうかそうか・・・はて?一輝はお主も冥闘士だったと言うておったが、水鏡老師がお主の前世であったならば冥闘士では無いじゃろう」
 何せ人外の者ではあったがワシの師なのじゃからな、と童虎が続けた言葉は紫龍の耳には届いていなかった。
 この話を何よりも聞かせたくない相手。
 それこそが自分の師であり、夢の中で弟子だった存在。
「・・・老師・・・水鏡が最初の死を迎えようとした時に魔星が降りました。最愛の者を失い、人外の時の中で人外に落ちた自分を恐れぬ人の子と出会い、そのまま人外として死にたくないと、人として死のうとした男は・・・再び、人外の道を選ばされたのです。人としての   それまでの全ての記憶を無くしたが為に千年の時を経て得た絆までも失った渇きから・・・只々切れる事の無い強い絆だけを求め続ける様になりました」
 そして迎えた最も大切な絆との別れと己の人としての死。
 何故、自分が兄弟達の為にと命を張る事に戸惑いを持たないのか。
 その根源が其処には有る様な気がした。
 血の繋がりという誰にも切る事が出来ない絆を得た魂が、三度自分より先に大切な者が逝く事を拒否していたのでは無いかと。
 それと共に納得できる事もあった。
 己の背に現れる龍は人外の時を過ごした魂の名残なのでは無いかと。
「・・・貴方がシジフォスと言う名の射手座の聖闘士ならば、覚えがあるのでは?」
 童虎に語る時には伏せられていた視線が、真っ直ぐに闇色の冥衣を纏った射手座の聖闘士に投げ掛けられる。
 紫龍の視た夢の中に出てきたもう1人の男。
 夢の中の自分に本当の絆というものを教え、人に戻れる切っ掛けを作った男へと。
「天雄星ガルーダのアイアコス、か」
「はい。貴方に敗れ、先の天馬星座によって人としての死を迎える時間を   最愛の者を弔う時間を得た男こそが、オレの前世の様です」
 童虎には信じられぬ話だった。
 だが、己が聞かせた覚えのない師の事を紫龍が知る術は無い。
 誰にも   それこそ先の黄金聖闘士達にも話した事は無いのだ。
 己の師が最愛の婚約者を失った事によって人外へと堕ちた者である事を。
 敬愛していた師が冥闘士としてあの聖戦を戦っていた。
 如何にその事実を否定したくとも、冥闘士としての師の行いを肯定する者が居る。
「シジフォス・・・水鏡老師は・・・いや、ガルーダのアイアコスはどの様な男じゃった」
「そこの少年が語った通りの男だった。冥界軍に居ると言うのに仲間の裏切りを恐れ、裏切りの無い絆を追い求めていた。その絆が誤った絆である事に気付かずに」
 己を畏れる心を、己自身へと繋ぎ止める術として   呪縛としての絆を強く求めていた。
 嘗てシジフォスはそれを冥闘士らしい絆の在り方だと評したが、彼の魂を持つという目の前の少年からは彼の者から感じた暗い思いは一切感じられない。
 それどころか、かつての自分がその様な存在であった事を恥じている様でもあった。
「紫龍、と呼ばれていたな。童虎やハスガードがあの少年に言った言葉でもあるが、例えあの聖戦の時に冥闘士だったのだとしても今のお前が思い悩む事は何もない。それに今はテンマだった少年   今生の天馬星座を助ける為には欠かせない記憶だ。彼を助けられる、それこそ俺達には持ちえない掛け替えのない絆なのだと、胸を張って前を見ろ」
 聖戦の様に   戦う事で護れるのならば幾らでも戦える。
 己だけでなく、此処に居る誰もが。
 しかし、今必要とされているのは敵を倒す為の力ではない。
 星矢の記憶の混乱を収める為の、精神を護る為の力は目の前の2人の少年の様に過去と今とが繋がっている魂の持ち主しか居ない。
「己の我を通した魂、か」
 求め続けたものを転生してまで手に入れた魂。
 デフテロスは無言のまま紫龍へと近付くと、先のサガと同じ様に己の手から紫龍の手へとカイロスから預かった力を受け渡した。




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