〜言の葉の部屋〜

ボツの領域 青銅Ver.02前編



「お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 いつも通りの朝を迎え、いつも通りに住処を出た筈なんだが・・・目の前には騒がしいだけの男と、見慣れた箱を背負っている見慣れない少年達の姿があった。
「おい」
「誰か!早く何とかしないか!」
「無駄だ。その矢は教皇様のお力をもってしてしか抜く事が出来ないのだ」
 矢だと?
 騒いでいる男の陰になっていたが少女が1人、胸に矢を受けて倒れていた。
 その上、半死半生ながらもその矢の説明を呑気にしているのはシルバーセイントか?
「だっせぇ。無視されてんじゃんか」
「煩い。おい!大変そうなのは解るが人の話を聞け!」
「この大変な時に誰だ!」
 だから大変そうなのは解ると言っているだろうが。
「・・・アンタは面倒そうだな。そっちの4人、状況を説明しろ。此処で何が起こった」
 少年達の背負っている箱の意匠を見れば、それはまだ持ち主が居ない筈のモノだった。
「あんた達、聖域の関係者なのか?」
「まぁな。とは言え、どうにもオレ達が知っているサンクチュアリと勝手が違っている様でな」
 第一に住処からこの闘技場まではかなり距離がある。
 オレだけでなくカノンも共にいる事からも、あの一瞬で来れる筈が無い。
 次に何故かシオンのコスモも気配も感じられない。
 その上、何故か十二宮の各宮から居る筈の無いモノのコスモと気配が発せられている。
「なぁ、この姉ちゃんの矢ってホントに爺さんしか抜けないのか?」
 カノンに言われ少女の状態を確認するが・・・これは・・・
「呪矢だな。しかし、これはアイツにも抜けいなと思うが」
 下手に触れれば直ぐにでも心臓に刺さりかねない代物だ。
 教皇なら何でも出来ると思っている馬鹿がまだ居たのか。
「悪いけど、こんな所でのんびりと話してる時間は無いんだ!12時間以内に教皇を連れて来ないと沙織さんが!」
「落ち着け。12時間もあれば余裕で教皇を連れてくることは出来る」
「余裕って・・・十二宮の黄金聖闘士を相手にする必要があるのにですか?」
 ゴールドセイントを相手にするだと?
「カノン。オレは十二宮に居るコスモの持ち主達に興味がある。お前は如何する?」
「あのなぁ、アンタの事を放っておいたら何するか解んねぇだろ。オレも一緒に行くよ」
 ・・・オレがお前の保護者の筈なんだが・・・
「何だか解らないけど力を貸してくれるって言うなら助かるぜ。オレは星矢。こいつ等は瞬と紫龍と氷河だ」
 セイヤは素直にオレ達の協力を受け入れてくれたが、他の3人は大分警戒しているな。
「お前達の邪魔はしないと約束しよう。それにゴールドセイントの相手もオレが引き受けてやる」
「引き受けるだと!?見た所、聖衣も無いようだが・・・」
「シリュウだったな。ゴールドセイント程度を相手にするのにクロスなど必要ない」
 尤も、オレがアプスを身に付けるのは相手に印象付ける為だけだがな。
「黄金聖闘士程度だと?」
「疑う気持ちも解るが、その目で見れば納得出来るだろうさ。さっさと行くぞ」
 第一の宮   白羊宮はムウの管轄だった筈だ。
 確かにオレの知っているムウと同じ質のコスモは感じられる。
 が・・・アイツのコスモはこれ程の強さは無かったんだがな。
 その疑問は白羊宮に付いて直ぐに解決した。
 さっきまでカノンより小さかったんだが。
「ムウ・・・だな。あの独特な眉毛は」
「だよな。あんな眉毛は爺さんとムウしかいねぇし。けど、ムウにしちゃデカすぎだろ」
 あの体格だと15歳は越えているか。
 セイントは外見で年齢を計るのが難しいので正確なところは解らんが。
「眉毛眉毛と・・・初対面の貴方達に連呼される謂れは無いのですがね」
「仕方ないだろう。サンクチュアリ中を探してもお前とシオンしかそんな特徴的な眉毛は居ないからな」
「シオンをご存知とは・・・それに其方の少年は・・・」
 アイツを知らないヤツがサンクチュアリにいる訳が無いんだが・・・このムウの様子からすると何か事情があるのか。
「存じるも何も、あの馬鹿が居ないこの状況の方がおかしいだろ。一体、サンクチュアリに何があった?」
「・・・今の段階では私も全てに確信を持っている訳ではありません」
「自分の目で確かめろと言う事か。ならば、此処は通らせて貰おう。カノン、行くぞ」
 この先の宮から感じられるコスモも全てが育ったアイツ等だと言うなら・・・まぁ、殺意を向けられない様に注意して進むしかないな。
 流石にオレも知っているモノの命を奪うような真似はしたくはない。
「お待ちなさい。簡単に此処を通れるとでも思っているのですか」
「力尽くが良いならそうするが」
「アンタから喧嘩売ってどうすんだよ・・・」
 カノン、オレは喧嘩を売っているつもりは無いぞ。
「あのなぁ・・・オレ達は先を急いでるんだ!世間話なんかしてる時間は無いんだよ!」
 セイヤ、悪かった。
 ムウの印象が強くてお前達の事を少しばかり忘れていた。
 しかしそれにしても、何故コイツ等はムウに対して悪感情を持っていないんだ?
「すみませんね、星矢。不審者に気を取られてしまいました。私は貴方達の邪魔をするつもりはありませんが、時間だけは頂けますか?多少でも貴方達の生存率を上げる為に」
 確かにコイツ等レベルのモノがゴールドセイントと戦うとなれば少しでも生存率を上げる方法があるなら、やるに越した事は無い。
 だが、オレはコイツ等を戦わせるつもりは一切無い。
「そんなの気にする必要はない。万が一にも力で訴えてくるヤツが居たとしたらオレが相手をするからな」
 さっさと此処を通って他の宮のヤツ等も確認してしまいたいんだが、何だその猜疑心は。
「オレの言葉が信じられないと言うならば、クリスタルウォールを張って道を塞ぐなり、スターダストレボリューションでもスターライトエクスティンクションでも打って来い」
 何故、自分の技を知っているのかって顔だな。
 知っているに決まっている。
 何せ6歳のアンタの相手をしてやっているんだ。
「ちなみにコイツは爺さん並みのクリスタルウォールなら素手で破壊するし、黄金聖闘士の技は全部見切ってる」
「爺さん?まさか・・・シオンの事ですか?」
「爺さんは爺さんしかいねぇだろ。本来ならコイツは此処を通らずに教皇宮まで行けるんだよ」
「貴方の言っている事が事実ならば、驚異的な相手ですね」
「それはオレもコイツと初めて会った時に思ったね。コイツが本気になったら聖域は簡単に壊滅する、ってさ。それなのに態々通ってるのは確認したい事があるからってだけだからな。さっさと通しちまった方が良いぜ」
 頼むカノン。
 余計な事を言ってオレへの猜疑心を煽らないでくれ。
 それにしてもこのムウを見ていて違和感を覚えたとすれば、ムウがカノンの姿には反応を示したが名前には無反応だった事だな。
 オレの事をただの不審者だとみている所からしても・・・此処は完全に次元が違っていると言う事か。
「その話だがな、カノン。此処が何処だかは大方の予想が出来た。オレは今から教皇宮に居るヤツを引っ張ってくるからお前は此処でコイツ等と待ってろ」
「は?アンタ急に何言って・・・て、どうせ面倒になって来たんだろ」
「オレはこんな無駄に長い階段を上る趣味は元から持ち合わせていない」
 セイヤ達よ・・・何だ、その目は。
 随分前に子供達からも同じ様な視線を向けられた事があったが・・・面倒なモノを面倒だと思って何が悪い。
「兎に角、待っていろ。抵抗される可能性を含めても5分は掛からないからな」
「・・・気を付けろよ」
「相手次第、だな」
 カノンは周りを気にして言葉を飲み込んだんだろうな。
    相手を殺さない様に気を付けろ、と。
 オレの返事を聞いて苦虫を噛み潰した様な顔をしているから、間違いでは無い筈だ。
 そんなカノンを置いて白羊宮から火時計へと跳躍する。
 此処はオレが知っている十二宮よりも結界が弱いな。
 跳躍時に掛かる負荷がそれを物語っている。
 火時計の上から教皇宮を探れば、其処から感じられるコスモは身近でありながらも異質を感じさせるモノだった。
 まるで何かが混ざっている様な。
 様子を見る為にもアテナ像側から侵入する事にするか。
 シオンが相手なら、気にせずに教皇宮へと直接突っ込んだんだがなぁ・・・
 アテナ像と教皇宮を繋ぐ階段へと着地し、比較的段数の少ない階段を下り教皇の間へと足を踏み入れれば、教皇の椅子に座っている人影があった。
「アンタが此処の教皇か?」
 顔は兜の陰になり見えないが、このコスモは何度確認してもアイツのモノとしか思えない。
 確かにシオンも自分の次にサンクチュアリを任せられるのはコイツかもう1人に絞られるとは言っていた。
 だが、このサンクチュアリ内からはシオンだけでなく、そのもう1人のコスモも感じられない。
「!?貴様、何処から!」
「アテナ神殿からに決まっているだろう。下で会ったシルバーセイントがアンタなら黄金の矢を抜けるとほざいていたんだが、一緒に来てもらうぞ」
 そして・・・コイツにとって最も身近な存在のコスモも・・・いや、まだあの部屋にいる可能性もあるか。
 一体、このサンクチュアリで何が起こったのか。
 気にはなるが・・・知りたくは無いな。
「返事は無し、か。ならば、実力行使をさせてもらう」
「何をっ!」
 コイツがオレの知っているアイツが育った存在だとすれば、考える時間を与えると面倒な事になる。
 有無を聞かずに身体を拘束しそのまま火時計へと飛べば、やっと十二宮にいるヤツ等も異常事態に気付いた様子だった。
 反応が遅すぎる感もしなくもないが、まぁ今は放っておくとしよう。
 オレへと向けらえている視線を確認した後に白羊宮へと跳躍すれば、気配の主達は一斉に己の守護宮から下を目指し始めた。
 向こうでもそうだが、自分の宮を通らずに侵入者が入ってくるなどと想定して居なかったんだろうな。
「戻った」
「まさか・・・本当に連れてきたのですか!?」
「連れてくると言っておいただろう。セイヤ、悪いがゴールドセイント達が此処を目指してきている。早々時間は掛からない筈なんだが、集まるまでの時間を貰えるか?」
 オレが本当に教皇を連れて来るとは思わなかったんだろう。
 セイヤ達はオレの言葉に対して何も言わずに素直に頷いてくれた。
 それにしても・・・コイツは突発的な事態に弱い所は変わらないな。
 オレと向こうで初めて会った時も硬直して意識を飛ばしていたのを不意に思い出してしまった。
 火時計への跳躍に驚き、今はカノンへと視線を向けたまま動きを止めてしまっている。
 伝わってくるのは驚愕と罪悪感。
 カノンの姿にそこまで動揺するとは、一体コイツとこっちのカノンの間に何があったんだろうか。
「なぁ、全員下りて来るの待つわけ?本気で?」
「教皇もお前に気を取られて大人しいからな」
 コイツの正体を明かすなら、全員が揃った時だろう。
 宮の関係から、やはり初めに姿を現したのはアルデバランだった。
 オレが面倒を見ている子供達の中でも年齢の割にかなり体格は良いと思っていたが、此処まで育つなら早いうちに寝床を大きくしてやらないとならないか。
 続くデスマスクは・・・顔付きは余り変わらないな。
 だが随分と面倒臭そうに歩いてきている。
 結構、テキパキと動くヤツだったんだが・・・・
 アイオリアは何処か様子がおかしい。
 次元が違うとはいえ、あの明るい子がこうなるモノなのか?
 シャカは・・・あぁ相変わらずか。
 何故、自分が下りて来なければならないのかと不満丸出しだ。
 そして十二宮の後半を守る4人が纏めて下りてくる。
 予想としてはアフロディーテを待っていたシュラの様子を見てカミュも一度立ち止まり、カミュを待っていたミロと合流した、と言った所か。
 ミロは少しは落ち着いた様だな。
 あのまま育った場合、ゴールドセイントとして恥ずかしい事になり兼ねないかと心配だったんだが、これなら多分大丈夫だろう。
 シュラからは後悔の念が伝わってくる。
 固い考え方をするのはこちらでも変わらないと言う事か。
 カミュ・・・お前は随分と話せるようになったんだな。
 その上、弟子まで採っていたとは・・・いや、感動の再会は全部片付いてからにしろ、お前等。
 そしてアフロディーテは・・・何が不満なんだ。
 あの階段に敷き詰められた薔薇を見た瞬間に踏んだらお前の機嫌が悪くなると思って、アテナ神殿から行く事にしたと言うのに。
 セイヤ達に敵意を向けているヤツが何人かいるが、オレに対する感情は警戒心レベルで済んでいるので其処は一安心だな。
「さて・・・十二宮にいる全員が揃った所で確認させて貰いたいんだが・・・何故、サガが教皇をやっているんだ?シオンは如何した。それと下に居る娘さんからどうやったら矢を抜けるのかを教えて貰いたい」
「サガだと!?」
「・・・このコスモがサガ以外の誰のモノだと言うんだ、ミロ。ゴールドセイントならばコスモで人の判別位出来る様になれ」
 と、其処で何故、俯くのがミロだけで無いのかが気になるんだが・・・俯いているヤツは気付いてなかったと言う事か。
 ならば、これは正規の引継ぎでは無かったと言う事だな。
「何故・・・」
「何だ?」
「何故、カノンが此処に居る・・・カノンは13年前に私が・・・」
 死なせてしまった、と消え入りそうな声で言った途端にサガの様子が一変した。
 先程までは多少混ざり気はあるモノの、確かにオレの知っているサガのコスモだった。
 しかし今は   オレが混ざっていると感じたモノの方が強く出ている上に、髪の色までもが変色している。
「ククククッ・・・そうか、お前はアテナ側に回ったと言う事か。カノン。アテナを殺せと言ったお前が滑稽な事よ」
 突然、独白されてもオレもカノンも訳が解らんのだが・・・セイヤ達4人やゴールドセイントは何がしかのショックを受けている様子だった。
「なぁ・・・コイツ本当にサガなのか?」
「残念ながら、サガのコスモは今も感じられる」
「へぇ。オレがアテナ側に回るとか馬鹿な事ぬかすから別人かと思った」
 ・・・カノンにはちゃんと此処がオレ達の居たサンクチュアリとは別のサンクチュアリだと教えておくべきだったな。
 向こうなら全く問題の無いお前の発言も、此処じゃ反感を買うだけの様だ。
「まぁ、アテナはこの際どうでも良い」
「ちょっと待ってくれ!どうでも良い訳ないだろう!沙織さんの矢を抜かないと」
「いや、オレが如何でも良いと言ったのはアテナであって、あの娘さんの事では無い」
「だから!沙織さんがアテナなんだって!」
 そう言うことか。
 待てよ。
 ならば何故、ゴールドセイントであるコイツ等はアテナを助けようとするセイヤ達の行動を邪魔しようとしているんだ?
「戯言を抜かすな、青銅の小僧共が。城戸沙織はアテナを騙る不敬な存在だと我々は報告を受けている。今この時も、アテナは神殿で地上の平和の為に祈りを捧げられているのだからな」
 ミロの言葉には相手を偽ろうと言う想いは含まれていない。
 と言う事は、コイツはそれを真実だと思っているのか。
「アテナ神殿には誰も居なかったが?」
 オレの言葉を聞いて、キツイ視線で睨み付けてくる。
 だが、アテナ神殿に誰も居なかったのは確かだ。
 教皇宮にもサガ以外の存在は確認出来なかった。
 そして十二宮全体からも、今ここに集まっているモノ以外の気配は感じられない。
「そうだったな・・・貴様には全てを知られた。お前達も己の道を決めろ!私に付くか、死に掛けのアテナに付くかをな!」
 変質したサガは何故かオレの言葉を肯定してくれた。
 しらばっくれれば良かったものを。
 自分からしっかりと、あの娘さんがアテナだと認めるとはオレも思わなかったぞ。
 だが・・・このタイプのヤツならば・・・
「では、あの矢を抜く手段は無いと言う事か」
「フッ・・・アテナ像の持つ盾の力が無ければ不可能だ。尤もこうして一同が会した以上、それすら   此処を生きて出る事すら不可能となったがな!」
 思った通り、勝手に話してくれたか。
 後ろめたい事の有るヤツや、自分の力に自信を持っているヤツってのは得てして喋らなければ良い事を自分から話してくれるモノだ。
「と、言う事だ。これであの娘さんを救う方法は解ったから一安心だな。時間はまだ10時間以上残っているから、此処で少し話しても問題は無いな?」
 一刻も早く助けたい気持ちも解らなくはないが、現状を何とかする方が先だろう。
 見れば、ゴールドセイントの反応は分かれていた。
 サガに混ざったモノに付いたのはデスマスク、シュラ、アフロディーテ、そしてアイオリア。
 何かを考え、どちらにも付かずにいるのがシャカ。
 今まで信じてきた事に対する戸惑いと、少女がアテナであるという確信が持てずに悩んでいるのがアルデバラン、ミロ、カミュ。
 セイヤ達に味方をしているのはムウだけ、か。
「聞かせて欲しんだが、何故、アテナを葬る必要性があるんだ?」
「力無き女神など必要ない。力ある者が地上を治めるべきなのだ!」
 力、か。
 シオンが聞いたら、何と言うかな。
「ならば、己の無力さを知れ」
「小宇宙の欠片も感じられぬ者がざ   
 ・・・つい、シオンのつもりで蹴りを入れてしまったんだが・・・大丈夫か?
 アイツならばオレの蹴りが触れる直前にクリスタルウォールで衝撃を和らげてしまうんだが・・・
「死んだんじゃねぇの?」
「いや、アイツから殺気は発せられていなかったから命は無事な筈だ」
 確かにコスモは弱まっているが・・・ゴールドセイントがあの程度で死ぬ訳が無い、と思いたい。
「今更ですが・・・貴方は何者なのですか?」
 本当に今更だな。
 十二宮の最初の宮の守護者ならば真っ先に確認すべき事だと思うが。
「言っても信じて貰えんと思うが、オレとコイツはもう1つのサンクチュアリとでも言うべき場所から来たんだ。オレは腰掛けだがシルバーセイントを遣らされている」
「なぁ、もう1つのってどういう意味だよ」
 お前がそれを言うのか、カノン。
「どう見ても此処のヤツ等はオレやお前の事を知らないだろう?ならば此処はオレ達が暮らしているサンクチュアリとは次元が違うと言う事だ」
「それってアンタが聖域に来た時みたいな?」
「あぁ。言わば・・・迷子だな。オレ達は」
「どうやって帰るんだよ!」
「オレに聞くな。オレにとっても不測の事態なんだからな。アテナが居るとなれば何がしかの手段が見つかる可能性はあるが・・・それも希望的観測に過ぎないな」
 今回に限って言えば、穴に落ちた感覚は無かった。
 何せ、住処の玄関を開けて足を外に踏み出したらあの闘技場に居たんだからな。
 一体何がオレとカノンを此処へと導いたのやら。
「話に割って入って申し訳ありませんが、白銀聖闘士と言うのは本当なのですか?」
「風鳥星座・アプスのセイントを取り敢えず8年程やっている」
「待て。貴様の強さは白銀聖闘士のそれでは無い。何故、偽りを告げる」
 シャカよ。
 納得できないからと虚言扱いするな。
 その上、向こうのお前と同じ様な事を言うんだな。
 あの時はシルバーセイントのオレがゴールドセイントより強い筈が無い様な事を言っていたんだったか。
「良く考えてからモノを言え。ゴールドセイントには空位が無いだろう」
「有る頃から白銀だったじゃねぇか」
 一発拳骨を落としてやれば、カノンは大人しくなった。
 そう言えば、オレに蹴り飛ばされたヤツの様子を見に行った3人が戻らないんだが・・・何かあったのか?
 崖側には落ちない様にと金牛宮側に向かって蹴り飛ばしたから見つからないと言う事は無いと思うんだが。
と、考えていれば敵愾心に溢れた3人が戻って来た。
「テメェ・・・さっきは何をしやがった」
「何って、ただの蹴りだが?」
「生身の人間の蹴り程度であれほどの重傷を負う筈が無い」
「それどころか、黄金聖闘士の技を受けたとしても、一撃で同じ怪我を負わせられるモノは居ないだろうな」
 本当にただの蹴りなんだが・・・殺気を放たれる前にやっておくか。
「デスマスク、シュラ、アフロディーテ。信じられないならば、自分で味わってみろ。キャンサー、カプリコーン、ピスケス・・・悪いが、耐えてくれ」
 先程の蹴りよりは威力を弱めて3人を瞬時に蹴りつける。
 ゴールドクロスを纏っている事も考慮すれば重傷まではいかない筈だ。
 多少、ゴールドクロスが傷を負うだろうが、アイツ等は構わずにやってくれと言ってくれた。
 アテナへの敬意を主に思い出して欲しいから、と。
 それがお前達の願いだと言うならば、オレにもしてやれる事がある。
「ゴールドクロス。主に己の役目を思い出させたいならば、今直ぐに主の身から離れ、この場に集え。オレが、お前達の意思を伝えてやる」
 この場に居ないクロス達にも聞こえる様に、声に力を乗せる。
 クロス達の反応は思った以上に早かった。
 自分達の意思を主へと伝える為に。
「射手座の黄金聖衣だと!」
「行方不明となっていたのに・・・一体何処から・・・」
 この世に存在する12星座全てのゴールドクロスがオレの目の前に集まった。
 この場に主の姿が無いサジタリアスとライブラまで来てくれるとは、オレも思わなかったが・・・いや、それをオレに伝える為に来てくれたのか。
「嫌な世界だな・・・」
 サジタリアスから感じられるコスモの欠片。
 オレはそれを良く知っている。
 そしてサジタリアスが語るこの次元での出来事は、カノン達と深く関わってしまっているオレにはかなりきつい話だった。
 オレにも、カノンにも・・・向こうに居るヤツ等には誰も想像出来ないだろう現実。
「カノン・・・このサンクチュアリのロスは・・・サガに逆賊に仕立て上げられ、シュラが半殺しにし・・・その後、命を落としたそうだ」
「は?サガとシュラがロスを?ありえねぇだろ」
「オレとて信じたくはないがな。このサジタリアスにはロスのコスモと意思が宿っている。カプリコーンもジェミニも、肯定している」
 そしてジェミニはこうも伝えていた。
 サガが呟いた通り、このサンクチュアリにはカノンが既に存在しない事も。
「サガはシオンを殺し、教皇の座を奪った」
「こっちのロスや爺さんが死んだのはアンタの責任じゃないだろ。そんなに落ち込むなって。逆にさ、アンタが神官達相手にやってる事は間違いじゃないって教えてくれたんだよ。あの腐った考えのまま突き進んでたら、こうなるってさ」
 解っている。
 オレには如何する事も出来ないのだと。
 解ってはいるんだが・・・
「コスモが同じなんだ。サジタリアスに宿っているロスのコスモ。オレが蹴り飛ばしたモノの中にいるサガのコスモ。デス、シュラ、ディーテ、ムウ、アル、リア、シャカ、ミロ、カミュ・・・全てが、同じなんだよ」
 なまじ同じコスモを持っているが為に、オレの中では共に暮らしている子供達と目の前にいるゴールドセイント達の姿が重なってしまっている。
 その上、クロス達から伝わってくる悲しみ。
 オレが気落ちするには十分な状況が揃っていた。
「アンタが子供に甘いのは仕方がねぇけどさ、こっちのコイツ等はいい大人だろ?アンタの保護が必要な子供じゃないんだよ」
「・・・お前は随分と落ち着いているな」
「気にするだけ無駄だからさ。もう、終わった事なんだろ」
「終わった事、か。ならば何故・・・」
 何故、オレはこの次元に来たのだろうか。
 あの次元で、コイツ等が育つのを見届けようと決めていたと言うのに。
 己の意思以外で次元の穴を取った事など、今までに一度も無かった。
 穴の出現に気付かなかった事も。
 周囲に居るモノを巻き込んだ事も。
 極端に近い次元に移動する事も。
 何もかもが・・・気の遠くなる程の永い時間を過ごしてきたオレにとって初めての出来事だった。
「ったく・・・おい、セイヤ!何ボサッと突っ立ってんだ。邪魔する黄金聖闘士は全員此処に集まってんだから、さっさと上に行って盾を取ってくりゃ良いだろ!コイツが蹴り飛ばしたヤツ等なら暫く動けないだろうからな!」
「え、あっ!解った!」
 カノンがセイヤ達を促すが、アイツ等だけだと心許無いな。
「お前もついて行ってやれ。探った限りでは大丈夫だとは思うが、万が一と言う事もある」
「今のアンタを放って行ける訳が無いだろ」
「行ってやれ。此処まで近しい次元ならお前が神殿の連中を探る為に使っている通路もある可能性が高い。案内出来るのはこの中ではお前とオレしか居ないだろう?」
「・・・ばれてたのかよ・・・」
「危険は無さそうだから放っておいたんだ。行け」
 セイヤ達へと視線を向ければ、白羊宮の出口付近でアイオリアに道を塞がれていたが、アイオリアと対峙するようにムウだけでなくアルデバラン、ミロ、カミュ、そしてシャカまでもが動いていた。
 流石にコイツ等もクロスが己から離れた事で、自分を省みたか。
 だが、ゴールドクロスを纏っていない以上、どちらも受けたダメージはそのまま生身の体で受ける事になる。
 カノンとセイヤ達はアイオリアの意識がムウ達に囚われている隙に白羊宮を抜け、そのまま何に邪魔されることも無く金牛宮へと向かって行った。
「・・・レオ・・・そう言うことか」
 5人のゴールドセイントと対峙する己の主を心配して、レオが事の経緯をオレに聞かせてくる。
 アイオリアは・・・教皇の手によって洗脳されているのだと。
 全てはあのサガの中に混ざったモノが原因なのだろうな。
「リア、目を覚ますんだ」
 不意に近付いたオレに、アイオリアの反応が遅れる。
 オレにとってはそれだけの隙で十分だった。
 左手をアイオリアの額へと添え、力を流し込み、アイオリアの思考を支配しているコスモを断てば、アイオリアの身体が傾ぐ。
 これで洗脳は解けた筈だ。
「ミロ、リアを頼む」
「あ、あぁ」
 そうか・・・こちらのミロはあまりアイオリアとは仲が良くないのか。
 何故自分が頼まれるのか、という顔をしている。
 それでも抗議なくアイオリアを預かってくれたのだから、根本的な性格は変わらないのだろう。
 アイオリアをミロに預けたオレはそのまま白羊宮の外へと足を踏み出した。
 目の前には、身動き1つしない4人の姿。
 生きてはいるが・・・
「サガ」
 一番重傷であろうサガへと近付けば、その髪の色は見慣れた青へと戻っていた。
 髪の色までもを変質させるモノ。
 その正体を探るべく意識の無いサガの内側へと意識を向ければ、複雑に絡み合った思念体を見つける事が出来た。
 サガ自身とも複雑に絡み合っているそれは   サンクチュアリの闇。
 長い年月をかけて凝り固まった負の念の集合体。
 サガがこの思念の集合体に取りつかれたのは、カノンを失ったからなのだろうな。
 ジェミニに聞かされたこちらのカノンの最後。
 スニオン岬の岩牢に閉じ込めた後、亡骸すら失ってしまった悲しみ。
 遣り過ぎたのではと自分を苛む日々。
 そこまでしてしまった以上、己の力で地上を守らなければならないのだという深い決意。
 こんなモノに取りつかれてしまったのならば、過去の行いも理解出来る。
「これなら払えるな。サガ・・・今、お前を苦しめ続けたモノから解放してやる」
 アイオリアに送った力と同等の、そのモノの中の異物を排除する力を送り込んでやれば、サガの身体から思念の集合体は容易く弾き出された。
 器を失ったそれは、この場で唯一動けるオレの器を欲している。
「来い」
 元々、闇の中に存在していたオレにはこの程度の闇が増えた所で如何と言う事は無い。
 器を通してオレの中へと入ってきたヤツ等は、オレから器を乗っ取ろうと暴れたが、暫くしてオレの中へと溶け込んでいった。
「さて、あとはコイツ等か」
 先程とは違う力の封印を解き右手に光の球体を出現させていると、目を覚ましたアイオリアを連れた同じ年の6人のゴールドセイントが白羊宮から姿を現した。
「!?何をするつもりだ!!」
「心配するな。コイツ等の怪我を放っておくわけにはいかないだろう。怪我をした原因であるオレが責任を取ってやろうとしているだけの事だ」
 オレの手から離れた球体は4つに分かれ、倒れている4人の身体を覆い始める。
 暫くして光は4人の身体から離れるとまた1つの球体へと戻り、オレの右手へと戻って来た。
「・・・変わった能力を幾つもお持ちの様ですね。それは何なのですか?」
「これは複数の対象から怪我や病などを吸収する力だ。だが、リスクもそれなりに高くてな。普段は使う事は無い。なので・・・カノンには黙って居てくれると助かる」
「あのサガに似た少年に、ですか?」
「アイツには心配の掛け通しなんだ。この力の事を知れば、サガと揃って口煩くなるに決まっている」
 4人分の怪我を吸収した光はそのままオレの中へと消えてゆく。
 器のあちらこちらから骨の砕ける音が聞こえてきた。
 それは6人の耳にも届いていたのだろう。
 何が起こっているのかと、訝しげな視線が向けられてくる。
「この力は吸収したモノを術者の身体に移さなければ効力が発揮されないんだ。オレ以外のモノが真似しようものなら、命を失うだろうな」
「何を馬鹿な   
 肋のある位置に手を当て押して見せれば、6人の顔色が変わった。
 沈むはずの無い手が沈み、内臓を守る役目を持った骨が役目を果たしていないのだと言外に教えてやる。
 こういう時は痛みに鈍い今の器は便利だな。
 その状態のまま4人に近付き、各々の意識を取り戻させる。
「身体におかしな所は無いな?」
「私は一体・・・貴様は確か・・・」
「あぁ。教皇宮からお前を連れ出した。お前の中にいたモノは払ったから、今後は心配ないだろう」
「払った・・・だと?アレを?」
 サガがそう口にした所で、十二宮の遥か上   アテナ像のある辺りから一筋の光が辺りを照らす。
 これであの少女   アテナも意識を取り戻す事だろう。
 その光を目にしたサガの中に安堵が溢れる。
 それだけでコイツ自身はアテナを殺したかった訳じゃないんだと、オレにははっきりと解った。
 光が収まると共に少女の居た場所からセイントとは違うコスモが発せられ、辺りを包む。
 そのコスモをゴールドセイント達も全員感じている様だな。
 一歩一歩と近付いてくるそのコスモが間近に迫った時、オレはサガの疑問に答えてやった   アテナに聞かせる為に。
「今までのお前の意に背いた行いは全てお前に憑りついた思念体が   この狂ったサンクチュアリが原因だ」
「耳の痛い話ですね」
 背後から返ってくる少女の声。
 少女のコスモを感じた時に解ったんだが・・・オレとカノンが此処に来た全ての元凶はコイツだ。
「だからアンタはオレを此処に呼び寄せたんだろう?このサンクチュアリに溜まった闇を消す為に」
 オレとカノンが此処に来ることになった原因。
 神の我儘に突き合わされるこちらの身にもなって欲しいモノだ。
「・・・夢を見たのです・・・」
「夢?」
「此処では無い、私の居ない聖域で楽しそうに暮らす聖闘士達の姿を。その中心にはいつも貴方が居ました。現実の聖闘士達は聖闘士同士の戦いで傷付き命を落とす者もいるというのに・・・会った事も無い貴方の姿を何故、夢に見るのか解りませんでした。ですが・・・私は願ってしまったのです。夢の中の様に私の聖闘士達にも笑顔で過ごして欲しい、と」
「・・・セイントに笑顔でいて欲しい、か。ならば、コイツ等もお咎め無しで良いよな?」
「そうしたいのは山々ですが・・・」
 闇の存在を知りながらも、その原因がサンクチュアリ自体である事を知っても尚、因習に囚われるか。
「アンタの願い通りの未来を作りたいなら、許す事も必要だ。どうしても悪役が必要ならばオレに擦り付けておけ。どうせ、この世界から消える存在なんだからな」
「解りました。この度の戦いにおいては誰にも処罰を与えないと誓いましょう」
「そうか。さて、オレにとってはこっちが本題なんだが・・・カノンが戻ってきたら帰して貰えるんだろうな?」
 聞けばアテナは困った顔をしやがった。
 ・・・呼んでおいて帰せないとは言わないよな?
「あの・・・お恥ずかしい話ですが、まだアテナとしての力に目覚めたばかりなのです。呼ぶ時は無意識だったものですから・・・」
「・・・・・・」
 気の強そうな印象を受けていたんだが、慌てふためきながらオレの様子を窺い、反応が無い事に涙ぐむ始末。
 お蔭でゴールドセイント達の視線が痛いんだがな。
「何、泣かせてんだよ。アンタは」
 戻って来た早々に事情も知らずにオレを非難するか・・・オレとて泣かせたくて泣かせた訳じゃない。
「泣きたいのはこっちだ。オレもお前もすんなり帰れるわけじゃないらしい。ちなみに、オレ達が此処に来た原因はあそこで泣きそうになっているアテナだ」
「へぇ〜アテナね・・・って、アテナ!?マジかよ・・・」
 半泣きのアテナのコスモが何やら不安定になって来ているんだが・・・嫌な予感がするな。
「おい、怒ってはいないから落ち着け」
「ですが・・・私が何も考えずに・・・」
 嫌な予感ってヤツだけは当たりやすいモノなんだ。
 不安定になっているアテナのコスモに触発されて、次元の歪みが現れている。
 ・・・って、待て!
「アテナ!それ以上コスモを放出するな!」
「えっ・・・」
 歪みから感じられるのはオレがサンクチュアリに施した結界の波長。
 ならばあの歪みの先はオレとカノン達が暮らしていたサンクチュアリなのだろうが、道は向こうから此方へと開いている。
 これ以上大きくなっては、向こうに居る他のヤツが巻き込まれかねない。
 が、歪みを反転させることが出来れば、オレとカノンは戻る事が出来る。
「シン!」
「問題無い!」
 歪みが開ききる前に力を纏わせた腕を流れに逆らって歪みの中へと差し込めば、周囲に血飛沫が舞い散る。
「カノン!一瞬だ。オレが合図をした瞬間にアナザーディメイションを打ち込め!」
 状況が理解しきれていないこちらのゴールドセイント達とは違い、カノンはいつでも撃てるようにとコスモを高める。
「やれ!」
「アナザーディメイション!」
 こちら側へと向かってくる流れを、カノンのアナザーディメイションで押し返させる。
 今のカノンの実力ならば、丁度均衡が取れる筈だ。
 均衡さえ取れれば、其処から反転させる事は容易い。
「良し、そのまま   
「アナザーディメイション!」
 ・・・余計な声が聞こえてきたんだがな・・・
 オレはアンタに撃てとは言っていないだろう。
 オレはこの歪みを安定した状態で反転させたかったんだ。
 決して、力技で押し返そうとしていた訳じゃない。
 目の前の歪みに過度の力が加わり、激しい光が一帯を覆う。
 徐々に光が収まり、目を開けば其処には先程までと変わらない景色が広がり、直前まで共にいたモノ達の姿があった。
「・・・アテナ、良く聞いてくれ」
「な、なんでしょうか」
「此処は・・・オレ達のサンクチュアリだ・・・」
 オレの力のよって強化された結界がそれを物語っている。
 場所は全く変わらない。
 が、オレとカノン、アテナと10人の育ったゴールドセイント、そして4人のブロンズセイントが今居るこの場所は、シオンの馬鹿が治めオレと子供達が暮らしているサンクチュアリだった。





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